アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

生きて、動いて、常に変化する体

 先日、平均化体操のHPを見たら、来年一月からの講座案内が掲載されていた。ようやく慣れた頃に刷新されるのでちょっととまどうけれど、これまでの会からどんな進化をとげるのか楽しみにしている。

 それから、私が活元運動の前にやっていたのは「背骨の動きを訓練する体操」で、「楷書体」「行書体」「草書体」という名前。いつも思い出せなくて名前が書けなかった・・・。どの運動がどれに当たるのかはまだよく分からない。でも、この案内を読んで、なぜ「平均化」と言うのかが分かった!

 戦時中、整体操法を制定した時代の野口先生の文章に、「生きて、動いて、常に変化する体を対象とする(解剖学的な「死んでいて動くことなく変化もしない体」と対比して)」という言葉があり、私の整体の先生はこの言葉が好きだった。この案内を読んで、私はそれを思い出した。

      

 野口整体は、野口晴哉先生の心の世界と同じ広さと深さがあって、同じことを同じ水準でできる人は、少なくとも今はいないのだと思う。私の整体の先生は、野口先生の直接の弟子ではあったけれど、「この野口整体という海の中から、自分が掬い取ることができたことをやるしかないのだ」と言っていた。

 平均化体操の中に、どのように整体の知見が入っていて、どのような独自性があるのかということは、私にはまだ分からない。けれども、きっとそういう(私の先生が言ったような)ものなのではないかと思っている。

 私は、弟子として先生の掬い取ったことを学ぶという時間が長くあって、自分自身が掬い取ったものを打ち出すという段階には至っていない。そういう意味では、平均化体操は先達と言えると思う。私自身とは全く違う整体とのかかわり方をしてきた先生が、どんなことを思い、語るのかということにも注目していきたい。そして、これからも「初心」に立ち返ることのできる時間であってほしいと思う。