アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

個人指導の意味

 亡くなった整体の師匠は、私に「問い」を残していった。それは「個人指導の意味とは何か」である。先生は亡くなる6日前まで個人指導をしたが、それは生のエネルギーを完全燃焼するためだったと思っている。

 先生が亡くなった後、先生と親しかった整体指導者の方に「野口晴哉先生も、ごく晩年は組織が完成していくにつれ、自分の思いや意向が通らなくなっていた」という話を聞いたのだが、ごく晩年(亡くなる3,4年前位から)の野口先生の言葉にはたしかにそれが伺えるところがある。

 先生からも、野口先生とご家族との間にまつわる話を聞いたことがあるが、それはともかくとして、本質的なこととしては、心に触れるということの意味が、皆に分からない、伝わらないという苦しみがあったようだ。

 先生が存命中、80代なかばの女性が指導を申し込んできたことがあって、その人は野口先生の指導を受けていた人だった。

 野口先生の指導は一人約五分という速さで知られるが、その女性の子どもは喘息で、その子の指導時、野口先生に「子どもをこんな風に育てちゃいけないんだ」と言われたと言う。

 おそらく50年ほど経っていたと思うが、その人はその言葉が忘れられず、その時のことを振り返りたくて、私の師匠に指導を申し込んできたのだった。

 ご本人は続けるつもりだったが、指導はたしか二度だけで、その後、その人は寝付いてしまった。おそらく、亡くなったのではないかと思う(肺の病気だった記憶がある)。都会的な美しい人だった。

 この人の子どもの指導も5分程度だっただろうし、言葉だけなら、今のカウンセラーや小児科の先生などにも、野口先生が言ったようなことを言う人はいるだろう。しかし、違うのだ。おそらく野口先生は、子どものみならず、母親自身がどのように育ったかまでをも包含してそう言ったのだと思う。

 私の先生は、野口先生を「私が気付いていないところまで、それは過去、未来を含め全て見通している。そういう安堵といいますか、理解されているという安心感を与える人」と表現している。

 野口先生と言えば不治の病が治ったとか、5分の操法で何でも治してしまうとか、そういうことが「すごさ」として一般に知られている。確かにそれも事実だし、心と言っても言葉以前の心なので、指導を受けていてもそれが十分自覚できなかった人も多く、ある程度仕方がないことなのだが、心に触れるという部分は意外と知られていない。

 しかし、野口先生が最期の最期まで個人指導を止めなかった理由は、そこにあると思うし、私の先生は、「野口先生のようにはいかんが…」と言いながら、その部分を受け継いで個人指導をしていた数少ない指導者だった。しかし、その先生にしても、自分の仕事の意味を問い続けていたし、亡くなる間際は失望もあったと思う。

 野口先生は、整体指導とは「育てる立場に立つ」ということなのだと言う。心に触れる、育てる。その心とは何か、何を育てるのか。もうちょっと言葉がまとまったら、このことを書いてみることにして、今日はここまで。

 

 

 

あの世とこの世の間

 先日、京都に行く機会があった。

 京都は今、外国人観光客がおらず、ニュースなどで時折見る後傾とは全く違っていた。でも、やっぱりお寺などは静かで人もまばらなのが本来の姿なのだと思う。

 京都で野口整体と縁の深い所と言えば祇園建仁寺臨済宗本山)で、野口晴哉先生存命中は、毎年10月の終わりに高等講習会が開かれていた。二日間泊まり込みで行われ、受講者は広間に雑魚寝したのだそうだ。建仁寺もよく受け入れてくれたと思う。

 襖絵を見せるためか、襖が閉めてあったので、講習が行われた場所を見たり入ったりすることはできなかったけれど、私の師匠は野口先生が亡くなる前年、建仁寺で段位を取得したので、ここを訪れることができたのはちょっと感慨深かった。

 野口晴哉著作全集の初期論集には、江戸・吉原の花魁が亡くなった時に呼ばれた禅僧が、人々に「柳は緑、花は紅。女は紅を売り、坊主は袈裟を売る。そこになんの違いかある。喝!」と言った…という話が引用された文章があって、私の先生はその話が好きだった。

 禅というのは、情よりも自由を求めている感じで、浄土真宗などよりドライな印象だけれど、身分や立場などにこだわらない、さっぱりした優しさがある。

 京都では昔、鴨川があの世とこの世の境とされていたそうで、古い日本の他界観では、手つかずの自然界(深い山奥や高山、海)はたましいの世界であり、あの世だった。

 建仁寺祇園の南側にあり、さらにその南には六道の辻というあの世とこの世の境とされた場所がある。山に囲まれた京都では、祇園建仁寺も、あの世とこの世の境にあり、現世のしがらみを離れられる場という意味で、共通しているのだろう。

 あの世とこの世、素人と玄人、貴と賤など、対になるものがあって一つの世界を作っているのが京都の魅力だ。京都の人は表裏があるとよく言うけれど、それは表しか分からない人の子どもっぽい見方という面もあると思う。

 昨年、私の知人がネパールでのトレッキング中に急逝したのだが、その人は生粋の京都人だった。今回、雨だったのにあまり苦にもならず、京都の人も町も、前よりも好きだと感じられたのは、彼女のお影かもしれない。

頭のアレルギーと体のアレルギー

アレルギーと感受性 

 秋になって、暑いのもひと段落すると、重症ではないけれど、私はアレルギー症状が始まる。整体をやってるのに?と言われると困るのだが、私にはキンモクセイ金木犀)アレルギーがあるのだ。

 ここで御大、野口晴哉先生に登場いただくのだが、先生は外国人たちとの座談会で、アレルギーについて次のように述べている。

ハイニ―(米国人) この人たち(友達)は二人とも、部屋に猫がいると顔が腫れちゃって、目玉が赤くなったりするんです。

先生 アレルギーというのは過敏な、感じ過ぎるという状態です。

…鈍いのよりはいいです。

アレルギー性には、体のアレルギーと頭のアレルギーの二つの場合があります。頭で空想すると、ちょうどレモンを見ると唾が出やすくなるように、空想すると体に過敏に作用しやすいというようなのが頭のアレルギーです。

…体のアレルギーの人が活元運動をすると、一時過敏(アレルギー反応)が濃くなります。それから良くなります。

(活元運動について聞くⅡ 在日外国人座談会『月刊全生』より)

  私の場合、体と頭どちらかというと、体のアレルギーの方だと思うが、私はこのアレルギーが始まった時のことを覚えている。まだ4歳位だったが、強い印象が残っているのだ。

 私の兄(一歳半上)が通っていた幼稚園の門の脇に大きなキンモクセイの木があって、花が咲く時期にその前を通ると、いつもくしゃみをしていた。

 母はそれを見てよく笑っていたのだが、私は「くしゃみが可愛いのだ」と思い、ある時、自分もやってみようとキンモクセイの花の塊に顔を突っ込んだのだった。強烈な匂いで鼻の奥がつーんと痛くなり、くしゃみが出た。

 その後、私は家にあったキンモクセイの香りのトイレの芳香剤でその実験を繰り返し、キンモクセイの匂いがすると、すぐ鼻がかゆくなり、くしゃみが出るようになった。

 それが体の記憶として残り、アレルギーになってしまったのだが、それはおそらく兄に対する「嫉妬」、母に対する注意の要求が絡んでいたからだろう。私の生まれつき持っている(体癖的)感受性が強く反応することなので、体に入ってしまったのだ。

 こう書いてみると体のアレルギーと頭のアレルギーの中間とも言えなくもないかな…。私の場合、野口先生の言う通り、整体を始めてから今の時期のアレルギー反応(過敏)が濃くなり、この記憶を思い出したのだが、ここまで記憶が再生できたのにアレルギー反応が起こらない体にはなっていない。潜在意識教育というのは本当に難しい。

 心の闇?をこうして日に当てて、体を調整しながらいまだにお付き合いしているのが現状ではあるが、その時々の身心の状況によってアレルギー反応は強くなったり弱くなったりし、反応の経過も変化するので、開き直ってバロメーターとして活用している。

 私の整体の師匠には、理論物理学専攻の優秀な兄上がいたのだが、その人には喘息があった。この人が野口先生の指導を受けた時、野口先生は「この人は喘息を必要としている」と、私の師匠に言ったという。こういう時、症状が出ている時それを納めたりすることはできるが、喘息が起こらない体にするのは難しい。

 その人のほぼ同期で同じ研究室にいた研究者が二人、ノーベル物理学賞を取ったのだが、私の先生は受賞のニュースを聞いた時、「兄貴もノーベル賞を取りたいと言っとったなあ」としみじみ言った。

 その時先生は「何を大風呂敷拡げとんじゃ?」と思ったそうだが、兄上は本当にそういう研究が生まれる場にいたのだ。母との関係という問題もあったそうだが、そういう場にいながら、自分には手が届かなかったことも、喘息、またその後の大病の背景にあったのだろう。

 兄上は若くして亡くなったが、亡くなる2、3年前から喘息がなくなったという。先生も亡くなる年の春、恒例の花粉症がほとんどなかった。

 そう思うと、私のアレルギーも、なんだかいとおしい。

 

 

頭の疲れと色彩

感受性と体の状況

 私はブログなどを読んでいる時、その人が自分の体のこと(症状とか癖・特徴、感じ方など)について書いていると、つい興味を持ってしまう。それで、先日、あるブログを読んでいたら「眼が赤くなる」ことについての記事があり、全然会ったこともないし整体とも関係のない人なのだが、ちょっと気になっている。

 眼に来る時は、今はアレルギー(花粉症の類)、肝臓の変動も考えられるのだが、その他にかゆいとか痛いとか、かすむとか目やにが出るとかそういう症状は書かれていないのでよく分からない。

 なぜこの人について書いてみようと思ったかと言うと、先月末に読んだ野口晴哉の講義録に「頭が疲れていると緑色に注意が引かれるようになり、緑を見ると休まる」という記述があったからだ。

(これは、体癖論で前後型5種は緑色に快感がある、というのとは違う角度で、その時の体の状況で目に入ってくる色が違うという話。)

 この人は写真家の顔も持っていて、普段の生活で、目に映る風景を切り取ったと思われる写真もしばしばアップしている。

 作品として良い悪いということでは決してなく、あきらかに素人ではない人の写真であり、作品として素敵なものが多いと思う。また、撮影者が撮ろうとしたものと、私が言うことは違うことも大いにあるだろう。

 つまり、私の整体に偏した視点という限定つきで読んでほしいのだが、ここ数か月間、ブログで拝見した範囲の写真には、画面の中に植物相(叢のような)が入っていることが多かった。ある一つの植物に焦点をあてているのではなく、緑のマッスというか、風景のような写真だ。

 写真の中にはいろんな緑色があった。透明感がある緑、水分をふくんで滴り落ちそうな緑、ちょっと夏疲れしたような、秋色がかった緑。私には、この人が「緑という色彩」を撮ろうとしているように思えた。

 そう思っている矢先に、講義録を読んで「これは…!」と思ったのだが、最近になって「眼が赤くなる」と書いているのを読み「この人はやっぱり頭が疲れている」と納得したのだった。

 それ以上のことは分からないのだけれど、写真を撮るにしても、やっぱり対象を選んでいるのだから、体の状況、無意識の要求とひとつであるのは自然なことだ。

 それに、撮る人に要求があるから、印象的な美しい緑を捉えることができるのだし、それを写真で表現できるのが、写真家であるということなのだろう。

 少し前に、自死をした知人の女性写真家のことを書いたが、彼女は自分の写真を見て、ただ美的に鑑賞するのではなく、疑問や違和感、動揺までを感じてほしいと言っていた。

 今思うと、彼女が使った戦前の古い大きなカメラは、昔の日本人があの世から現代の日本を見ている眼のように思える。彼女はそれを写真で表現しようとしていたのかもしれない。

 ちょっと話がそれてしまったが、頭の疲れというのは、全身的な影響が大きいし、対処法もなくマクラにしたのでは申し訳ないので、野口晴哉『整体入門』(156頁)に掲載されている体操を紹介しよう。

 これは細かく言うと頸椎2番を刺激して脳の血行を調整するのだが、親指が筋肉の硬い所に当たるようにすれば、だいたい当たる。うまくいくと、首・頭のみならずみぞおちまで弛む。

頭の疲れをとる体操

1 手指を組んで後頭部に手のひら側を当て、すこしうつむき加減になる。親指を上頸(後頭部のすぐ下)に少し圧を加えるように当てる(押さない)。

2 そこに親指を当てながら、顔を上げ(少し上を向く)、五秒そのまま、その後戻す。これを3、4回繰り返す。指に力を入れなくても、上を向くと自ずと圧がかかる。

3 腹式呼吸をする。(おへその下に手を当てて、ゆっくり静かに息をする)

※頸椎は動きやすく、敏感な処なので、指圧のように押したりしてはいけない。顔を上げる、うつむくという首の動きだけで圧がかかる、弛む、という刺激が加わるのがよい。

 眼の異常感と歯の痛みにも効果あり。風邪をひいた際、眼に異常感がある時は、肝臓が疲れているので、食べる量を減らす。

 風邪でなくても、眼に異常がある時は食べ過ぎ(食の乱れ)に注意する方が良い。

 

最後に、野口先生から一言。

個性の自覚

どんな生活方法も、健康法も、

適うということがなければ効果を齎らすものではない。

一切の養生、衛生の問題は、

自分自身で自分の特徴や欠点を、

体の面でも、心の使い方の面でも、

ハッキリ知っておくということが大切である。

(『風声明語2』野口晴哉

 

集団心理と個の確立

 新型コロナウイルス禍が起きて、いろんな経験をし、学ぶことも多かったが、このさなかに一番考えたのは集団心理(群集心理)の怖さだった。

 これはユングなどの言う「集合的な心(集合的無意識)」とは違い、人は集団になると自分の考えや行動などを深くかえりみることなくいじめや暴力に加担してしまうことがあるが、こういう傾向のことを言う。これは潜在的に同じ潜在感情や志向性を共有する人たちが、共通の場・興奮状態に置かれた時に起こる同調現象のようなものだ。それで行動が全体として均質化していく。

 私は知人にシュタイナーの本をプレゼントしてもらってから、霊学の方面に興味を持ち、グルジェフ(1866-1949)という人を知ったのだが、この人はシュタイナー以上に賛否両論分かれる人で、どちらかというと「あぶない人」と言われる方が多いようだ。

 この人が生きた19世紀の終わりから20世紀の初めは、深層心理学が起こった時期で、第一次大戦や紛争などを通じて、理性に人間の攻撃性や情動をコントロールする力がないことがはっきりした時代だった。

 中世から近代化の過程で、ヨーロッパでも高身長化という体の変化が起こり(昔はあんなに背が高くなかった)、日本でも同様のことが起こったが、これは良い意味のみならず、重心が急激に高くなったことが影響している。

 当時はこれまでの伝統的価値観(宗教性)や身体とのつながりという根を断ち切られ、かつてないほど意識(外界を認識する)を発達させたことで、人々の心身はかなり不安定化し、人間の自然な状態が失われていた。

 それで多くの研究者が集団心理を研究していたようだが、霊学においてもそれが主題となっていた。ユングやシュタイナーも個と全体の問題に対する志向がある。

 グルジェフは、戦争や内乱などの非常時になると表面化する、異常な集団心理、暗示のかかりやすさや自動的に何かをしてしまう傾向に関する研究をした。そして人間が集団催眠に陥ったように判断力を失ってしまうのは「外部からの影響に弱いため」だと考えた。

 そして、多くの人は普段から催眠状態(意識水準が低下した状態)で生活していて、外界からの刺激や影響に機械的に反応していると考えた。自由意思や理性というのは幻想で、暗示にかかったように、個人個人決まったパターンを繰り返しているという。

 この状態から覚醒するために、個々の頭・心・体(思考・感情・運動)に、自発性と調和をもたらすセンターを作る身体技法と哲学をつくり上げた。ことに最晩年は個人的で切実な問題を離れて、思想や理論をやり取りすることはなかったという。

 ただ、グルジェフの思考には当時の時代精神だった「世界は滅亡に向っている」という暗い予感と危機感に充ちていて(現代の日本の気分はこれに近いような気もするが)、違和感を感じるところはある。ここに書いたことは私が拾い読みしたことのまとめで、難解で知られるこの身体技法と哲学をやってみたいとか、そういう気もないけれど、良い悪いとか好き嫌いを超えて、本質をついていると思うところがあった。

 前回、感染症の流行には集団心理的なものが作用しているという野口晴哉の言葉を紹介したが、野口先生は、潜在意識教育の話の中で、人間(特に大人)はいろんな意味での暗示にかかった状態にあって、そこから解放する、自由になることが必要だとよく言う。

 野口整体グルジェフは結びつきがある訳ではなく、無意識、生命にもっと信頼を置いている。でも問題意識としては共通しているところがあるし、集団と「個」の確立という意味でも通じるところがある。

 集団心理的な問題は、家族などの小さな集団でも、大きな組織でも起こりうることで、いじめや職場のストレスなど、個と集団の関係でおこる問題にも関わっている。

集団のなかに置かれると、より自分を見失いやすいタイプの人と、集団心理に抵抗力がある人がいて、さらに集団心理を煽ったり強固にしたりする人もいる。何かおかしいと思いながら抵抗できずに流されてしまう人もいる。野口先生も体癖的な観点からこういう問題を語っている(「家族の体癖」月刊全生など)。

 そういう違いがどこから生じるのかは、はっきりとは言えないし、一定してもいないのだろう。「みんながそう言っている」「普通そうでしょう」と思う傾向がある人の方が、集団心理に抵抗力が弱いとは思うけれど。

 これは判断基準が自分の内側にあるか、外側にあるかの違いで、これには、丹田に自分の存在の中心があるか、ないかも関わっている。

 個人指導の意味を考える上でも、もう少し深めていこうと思う。

 

 

 

 

しつこく新型コロナウイルスについて考える

 

 緊急事態宣言が出ている時より、少し前までの方が事態は良くなかったように思うのだが、新型コロナウイルスの話題はもう飽きてきたと見えて、ニュースなどでも取り上げ方が「またですか」みたいな感じになって来ている。

「なんのこっちゃ…」と思うけれど、以前より冷静に感染症の話ができるようになってきたようにも思うので、新型コロナウイルスについてもう一度考えてみた。

  野口整体創始者野口晴哉師は晩年、「がんの時代が終わったら精神疾患の時代が来る」と言った。これは「身体的な病症を抑え込むと、中枢(脳・脊髄神経)に入っていく」という意味と、「がんの治療法が確立したら、精神疾患という治療法が確立していない病が増える」という意味がある。

『病気の社会史』などで知られる医療史家、故・立川昭二氏は生前、この予言にとても関心を持っていて、立川先生は医大で医師たちから「先生、次はどんな病気が流行るんですか」とよく聞かれるんだ…と言っていた。何でも研究費の予算獲得に大きく関わるそうなのだ。

 これについての詳しい資料があったら見せてほしいと頼まれていたのに、立川先生は私が約束を果たさない内に亡くなってしまった。申し訳ありません。

 それにしても今、近代初頭さながらにパンデミックが起きるとは、立川先生もあの世でさぞや驚いているだろうと思う。私自身、パンデミックというものを実際経験するとは思っていなかったし、本当についこの間まで、感染症の時代は終わった、現代は生活習慣病の時代だと言われていたのだから。

 でもこの生活習慣病が基礎疾患となってCovid-19の経過を悪くしているし、常用薬がある人が増えていること、薬を飲むことが安直になっていることも、感染症の流行や悪化と関係がないとは言えない。

 また、新型コロナウイルスは、自然界の健全な表土の上では長生きできないのに、プラスチックや金属の人工物の上では数日間も生きているという。人工的世界に適応した結果なのだろう。

 私の持っている資料に、昭和40年代の香港インフルエンザ流行時の講義内容があり、野口先生は戦前のスペイン・インフルエンザと戦後のインフルエンザについて、「黄色人種は白人種よりインフルエンザに強いと思う」と述べている。

 新型コロナウイルスでも、東アジア全域で死亡率や発症率が低く、医療制度が遅れている地域もそうでない地域も同様だ。インドも感染者数は多いが、欧米より死亡率が低いという。やはり東洋はインドまでなのか?ファクターXとして注目されているが、どうなのか?

 ただ、イギリスやアメリカなどでは、人種間にそれほど差はないという調査もあり、ヨーロッパやアメリカの方が異常(肥満や基礎疾患などの影響で)なのかもしれない。

 また、スウェーデンにみられるように、ヨーロッパでは、高齢者の死の受け入れ方が、とにかくICUに入れて死なせないようにする、という考え方ではないことも死亡率と関係があるだろう。一番、異常感があるのはアメリカかな…。

 今、気になるのは、野口先生が「スペイン・インフルエンザの経験では、流行が最初に起きた都市部よりも、その後に流行した地方の方がひどい状況だった」、「感染症の拡大と重症化には、集団心理的な要素がかなり関与している」と言っていることだ。

 報道されている地方での感染者(さらには東京から帰省した人にまで)に対する恐怖と不安に満ちた反応をみると、もし流行が地方に拡大したら、混乱は首都圏の比ではないのではないだろうか。さらにもっと言うと、これが重症化する人が増える要因になるかもしれない。

 もともと新型コロナウイルスは、恐ろしいウイルスではないのに、重症化する、死ぬという思い込みや、心理的な混乱が、ウイルスに対する免疫反応にまで影響してしまうことがある。

 また、ウイルスの力だけでパンデミックが起きたりすることはない、ということを忘れてはならないと思う。

新型コロナウイルスは今

 先日、はてなから一年前のブログを回想してみませんか?というメールが来た。ちょうど、シュタイナーの著書を友人にプレゼントしてもらった時の内容で、懐かしく思い出された。

「王様の耳はロバの耳」という童話には、誰にも言えない王様の秘密を洞穴か木の洞の中で言ってすっきりする、という床屋が出てくるが、このブログはそれと同じような目的で始めた。

 師匠の病気について、まして自分の感情などは長いこと誰にも言えないことだったし、何でも話すことができる人(師)を失って、私はブログにこれまで言えなかった本心を書こうと思ったのだった。

 インターネットというのを、集合的無意識の世界になぞらえ、私はそれに話しかけるつもりで、このブログを書き始めた。

 でも、野口整体関連ということもあって、次第に読んでくれる人が出てきて、読んでくれる人の関心を意識した内容も書くようになっている。

 特に今年になって新型コロナウイルスパンデミックが始まってからは、そういう傾向が強まったと思う。あの頃から、外的世界と内的世界がひっくり返ってしまったかのようだ。

 他人との物理的距離を保ち、マスクをするのが習慣化しつつあるが、先の見えない不安、「もう、どうでもいい」という無気力感などは、見えないウイルスのように感染し、個という輪郭がぼやけていっているように思える。

 

 私は今年の夏、どういうわけか二の腕が熱いのが気になっていた。年のせいというわけでもないらしい。それで中心になっている処をさぐってみると、化膿活点が発熱の中心になっている。それも、熱い時に化膿活点を押えて愉気すると、熱が分散されるようなのだ。

 ちなみに化膿活点というのは、野口整体の体の技術を学ぶ時、最初に教わる有名な処で、二の腕外側の真ん中あたりにあるぐりぐりした部分のことを言う。怪我などの化膿時、虫刺されなどの救急操法にも使うが、広く免疫系の調整にも用いられる。

 私はこういう経験が初めてだったので、どういう理由なのかと考えてみると、これはやっぱり新型コロナウイルスが実際に身近にあるということなのだと思う。

 今、アメリカは新型コロナウイルスホットスポットと化しているそうだが、近所には在日米軍の家族が住む居住地区があり、以前よりは少ないが、小さな子どもから大人まで地区外を歩いている。

 仮にアメリカ人がいなくとも、日本のホットスポット・新宿直通の電車が通っている通勤圏内で、実際にはウイルスが身近にないという方が不自然に思える環境なのだ。

 現状の私の意識は、新型コロナウイルスに不安や恐怖をあまり持っていないし、存在を気にすることもない。マスクをしないと店に入れなかったり、人の目が気になったりするので、駅や店に近づくと急いでマスクを取り出すというレベルだ。

 しかし、私の自然免疫は未知のウイルスが身近にあることを知っていて、準備しているのではないだろうか。(ひょっとすると無症状感染しているのかもしれないが。)

 こういう時、体に起きていることを「どう理解するか」が本当に大切で、「身近にウイルスがある」という危険に注意を集めてしまうか、自然免疫が活性化しているということにセンス・オブ・ワンダー的関心を持つかによって、大きく変わって来る。

 まあ、私の腕の熱さがどういうわけなのか、医学的に立証できないし、一般化できないことではある。しかし、この発見?は、新型コロナウイルスより暑さに弱っていた私の受け身な態度を変えてしまった。

 世の中的な基準では、「主観」にすぎないし、日本の感染症対策には何の影響も与えない、ささいなことだ。でも、そこには私の実感があって、その実感が私にとっての意味なのだ。こういう実感が、自分を取り戻す、個に立ち帰る、ということの原点にあるのだと思う。このブログでは、それを大事にしていきたい!と改めて思った。

 ※私は、新型コロナウイルス感染症に関しては、なるべく医学的にも勉強するようにしている。その中で、スウェーデン在住の医師、宮川絢子博士による

新型コロナ「第二波がこない」スウェーデン、現地日本人医師の証言(Forbes JAPAN)

という記事が良い内容だったので、おすすめしたい。