アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

骨格筋の生理と心理 2

意識運動と無意識運動

 2月12日はダーウィンの誕生日で、Bingのトップページがダーウィンフィンチとガラパゴスゾウガメの写真だった。アルダブラゾウガメは親戚にあたるので、何となくうれしい。

 

 ところで前回(1)の、野口先生の引用文からも分かるように、整体では意識と無意識を体運動(運動系だけではなく生命活動全体)に即して捉えている(意識運動=意識、無意識運動=無意識)。

 整体で「生活の中心」としていく要求・意欲・自発性・主体性(一言で言えば元気)・・・というのは無意識から意識へと浮かび上がって体に顕れてくるものだ。

 だから活元運動では「錐体路系という一種のブレーキ」を弛めることによって運動系の無意識運動がはたらきやすくなるようにする。

 そのために頭がぽかんとする必要があるし、最初にある程度緊張を弛める必要がある。無意識運動が闊達に、素直に外に出ることが大切なのだが、随意筋がその発露を抑えてしまうことがあり、そこには心理的要因(潜在意識)が大きく関わっている。

 以前、伝統的な自然体の立方(上体の力が抜けた状態で、腰で立つことを教える機会があり、その時、ある男性が「意識的に力を入れていないと立った姿勢を維持できないと思っていた」と話してくれたことがある。

 その人はスポーツマンで、肩や上体の筋肉はよく発達して背も高かったが、骨盤そのものが小さく硬かったのを覚えている。優しい人だが、仕事上においても生活面においても自分がどうしたいのかが分からない傾向のある人だった。無意識運動としてはへたり込みたいような状態に、意識的に力を入れて、「立たせていた」のかもしれない。

 

 今度は平均化訓練のことを考えてみよう。

 今、私は平均化訓練のユニークなところは、筋肉の「動かない(動かなくなっている)ところが浮かび上がってくる」ことにあると思っていて、そこに一番、興味を持っている。

 活元運動でも分かるのだけれど、その時の身体感覚に独特なものがあって、薄暗い全体の中で、動かない所にスポットライトを当てられるような感じだ。

 前回の会の後半で感じた胸の硬さと痛みはちょっと深くて、時間内には終わらなかったけれど、自分の体の状態を把握し、整える上で大きな助けになった。

 滞りが分散していく波(平均化ってこれのこと?)、体に自ずと力が入ったり抜けたりする運動、その後浮かび上がってくる箇所、こういうことを感じ取るのは意識だが、全身に伝わる波も、箇所を教えてくれるのも無意識のはたらきである。

 

 平均化訓練講座は若い人(ことに男性)の参加が多く、きちんと取り組んでいる様子が、いいな・・・と思う。野口晴胤先生が巨匠・野口晴哉の孫で、カリスマ視して来ているなどという様子はないし(そんな気持ち悪い会なら私は行かない)、野口整体がやや高年齢化の傾向にあることを思うと、どういうところに良さを感じているのか、聞いてみたいと思う位だ。

 野口先生は、活元運動の誘導は「人間の裡に健康を保っていく力の在ることを立証する方法の一つである」(『人間の探究』)と言う。私は初めて活元運動が出た時、自分の中に無意識というものが動いていることを体で実感し、本当に感動したものだった。

 活元運動とは違うけれど、無意識のはたらきを若い参加者が体験できるようになるためにも、平均化訓練は役立てるのではないかと思う。

 

骨格筋の生理と心理

要求と運動系

 先日、知人宅で「立ちたい要求はあるがまだ立てない赤ちゃん」に会う機会があった。その子はおすわりしたまま楽しそうに飛び跳ね、お尻が床からぽんぽん浮いていて、この運動をほとんど骨盤部(仙骨部)の力だけでやっていた(大人にはできないと思う)。

 そのように腰が自然に鍛えられる過程を経て、立てるようになるのだろう。私はその力強さに驚き、人間に「立つ」という要求が出てくる時は、まず「腰から立つ」、それが手足に連動するのだなとつくづく感心してしまった。類人猿が初めて二足で立ち上がる時も、「腰から立った」に違いない。野口晴哉先生の言う「真ん中の力」、「もう一本の足」である。

 でも、大人になってみるとどうだろう。頭で体に命令して「重い腰を上げる」ようになっていないだろうか。手でよいしょ、と体を持ち上げたりして・・・。

 野口先生の著書に、思春期の潜在意識教育についての内容をまとめた『思春期』(全生社)というのがある。整体を学び始めた時、これをよく読んだものだが、最近また読み返している。

 その中に、25歳の統合失調症(引用文中では精神分裂症。現在は使われていない病名)で入院した男性についての相談に答えた文章(月刊全生の記事)があり、随意筋についてこんな記述があった。

先入主的な偏見

私達の体は胃でも腸でも、いつも絶え間なく無意識の運動を繰り返しているのです。しかし随意筋には特殊なブレーキがついているのです。そのために随意筋は意識して動かすことが出来るのです。だからお酒を飲んで酔払うと、そのブレーキが緩んできて活元運動と同じような無意識の動作になってくる。

 随意筋には錐体路系という一種のブレーキがあって、それが運動系にゆく無意識運動を抑えているから、意識運動が出来るのです。

 欲求不満が亢まって錐体路系だけでなく、潜在している心につながるブレーキまで毀れてしまって、心の中にあるものが全部率直に出てしまうのです。・・・人間の欲求、欲望などは、ある程度抑えつけた方が安全です。だから抑えつけること自体は異状ではない。ただ抑えつけ過ぎてブレーキを毀してしまうと精神分裂症状を起こす。

 超臨床的なので誤解のないように付け加えると、今回、私が焦点を当てたいことは統合失調症ではなく、「随意筋にブレーキがついている」というところで、ここについて考えてみたい。つづく。

(註)運動系 神経系のうち、全身の運動(動作)に関わる部分のこと。運動系は、随意運動を司る錐体路と、その他の錐体外路性運動系(錐体外路系)に大きく分けられる。

 

 

もう一回、平均化訓練講座

 今度新たになった講座は平均化体操の会ではなく、平均化訓練講座という名前だった。失礼しました。

 ところで今日、野口晴哉先生の資料を見ていたら、「楷書と行書」というお話が出て来た。これは先生の講座の中でのお話で、野口先生はこんな風に言っている。

〇楷書と行書

「楷書 行書 草書」

・・・行書というのは楷書をくずしたものです。私の普段やっているの(操法)は行書をさらにくずした草書的なものです。

・・・楷書の時にはこちらのやり方が主になっている。行書の練習では相手の体の動きが主になって行く。

・・・やり方になった場合には必ず自分のやり方をまず覚える。そして今度はそれを相手の体の動きに合うように、みなさんの知恵で組み立て直して使う。

 これはお腹の操法についての喩えで、中略が多くて分かりにくいかもしれないが、楷書というのは触る処と構えを覚えること。実際に相手の呼吸・体に合わせた操法を行書・草書と言っている。

 まず楷書を自分で覚える必要があるけれど、相手がある場合は行書・草書でないと実用にならないし、自分だけの一方的なやり方では相手の力を封じてしまう(悪くすると毀してしまう)・・・というお話だ。

 先生がこのお話から名付けたのかどうかは知らないけれど、平均化体操でも楷書・行書・草書と言う。楷書体は一人、行書は二人、草書は二人以上でやる(→こういう区分でいいのかあまり自信がないが、一応)。動き方の変化の仕方も野口先生のお話に似ている、と思った。 

 これを書いていたら「Show kindness to your  neighbors」という言葉を思い出した。これは古い話で恐縮なのだけれど、1997年に行なわれた第一回のフジロックで聞いた、Red Hot Chilli Peppersのアンソニーの言葉だ。

 当時、私はロックファンというわけではなかったが、先輩がイベントを主催した会社で働いており、チケットが浮いていたので、誘われて偶々行ったのだった。

 しかし前夜から初日にかけ台風の只中となり、進行も会場運営も何から何まで全て最悪で、寒くて全身びしょ濡れで雨宿りする所も食物もなく、音響も悪く、会場は殺気立ち騒然としていた。

 すると、アンソニーの怪我のため来日が危ぶまれていたRed Hot Chilli Peppersが最後に出てきて、彼は観客に向かい、真剣に「Show kindness to your neighbors!」と言ったのだった。

 私は別にファンでもなかったし、疲れ切っていたから音楽はろくに覚えていない。ロックフェスにもその後行ったことがない。でもこの時の彼と彼の言葉だけは今でも心に残っている。

 言葉そのものは、英語ではありふれた慣用表現らしいけれど、過激な言動とパフォーマンスで知られていた彼の内面を垣間見たような気がした。(若い人はRed Hot Chilli Peppers知らないのかな?そういう人はYouTubeなどを見てほしいが、そんなことを言ったなんて信じてもらえないかもしれない・・・)。

 平均化訓練は、向かい合って、または隣の人と手を合わせて行う。これには特有のフラットさと明るさがあって、「Show  kindness to your neighbors」というあの時の言葉を不思議と思い出す。

 手を合わせる人に優しい気持ちになること、そして相手の力を借りることによって、自分の中から良くなって行く力が引き出されることを、大切にしたいと思う。

(注・平均化訓練講座とRed Hot Chilli Peppersは全く関係ありません。)

新・平均化体操の会が始まる

 先日、久しぶりの平均化体操の会に参加した。その日、私はあまり体調がよくなくて、どうしようかな・・・と思ったけれど、今回から講座のやり方が変わるため、行ってみることにしたのだった。

 今回からお弟子さん?ではなく、先生が最初からお話をして下さるようになっていて、その後実習が始まった。

 一人でやる基本の運動から二人でやる運動に入る。この時、組んだ人と正面で向き合い手を合わせるのだが、最初、ちょっと恥ずかしいような、ときめくような気持ちになる。

 野口整体では、坐姿で人に触れる時は背中からというのが基本になっていて、間近で正面を向くというのはあまりないせいもあるかもしれない。この日組んだのは若い女性で、後ろからだと男のお尻でも平然と触っているくせに、と自分でも可笑しくなるけれど、人に向き合う、触れ合う時の「初心」に戻れるような、新鮮な感じが好きだ。

 休憩を挟んで、本式の平均化体操が始まった。だんだんと自分の呼吸が続かなくて、集中力が落ちているのが分かってきた。そして胸筋が縮んで硬くなっていることが分かり、そのうちに咳が出て胸が痛くなってきた。途中、5~6人でやった時、みんなの速度(隣の人と出て押し合う時の)についていけなくて運動に入ることができず、呼吸が浅くなっているのが良くわかった。

 お正月あたりから、深く吸おうとすると二段階になってしまうことには気づいていたけれど、胸の硬さを明瞭に感じていなかったので、それがはっきりとしてきたことに、はっとさせられた。

 最後に先生が、ゆっくり押し合うようにするやり方を教えて下さった。そのやり方だと流れが伝わっていくのが感じられ、「腑に落ちる」という感じがして、きちんと終えることができた。私はまだ伝導率(?)が低いのかな?とも思う。長い力でじわーっと圧が伝わってくる方が、流れや全体性を感じ取りやすい。

 これを書いていて思ったのだが、以前、先生は動きもお話も「速度のある人」という感じを持ったけれど、この日の先生はお話もゆっくり感があって、最後もゆっくり圧だったな・・・と思う。何か心境の変化があったのか、体調(波)の関係だろうか?この日の私には、そのゆっくりリズムが適っていたようだ。

 そして今回、初めて、平均化体操で滞りが分散するのを、人の体で(ほんのちょっとだけ)観察してしまった。これは先生の許可を取らずに思わずやってしまったので、ちょっと気が引けるのだが、効果を手で確かめられたのは、さわり魔の私としては良い勉強になった(でも、失礼しました。以後気をつけます)。

体を立て直すことと立ち直ること

 昨年は整体の先生が亡くなるという、私がこれまで生きてきた中では最大の衝撃ともいえる出来事があった。しかしその後、心と体を立て直していく過程で、「脱力」と「偏り疲労の調整」という整体の智慧がこれほど有難いものか、と身を以って再認識することになった。

 仏教では生きる苦しみの中に「愛別離苦(愛するものと別れる苦しみ)」「怨憎会苦(怨み・憎しみを感じる相手に会う苦しみ)」を挙げている。生きる上での感情的ショックとその後の苦しみから立ち直っていく上で、体から立て直していく、そこに他者の手が関与することができるというのは整体ならではだと思う。 

 

 また、誰かが亡くなるという時、時間と空間の次元が変わるのか、不思議なことが起こる。整体の先生が亡くなる半年ほど前、ほぼ毎晩観ていた先生の状態が変わった。それは言葉では表現できない、中の動きが「止まる」方向に向いていっているという恐ろしい感覚だ。

 私は何とかしなければ先生は死んでしまうと思ったが、自分にはどうしようもないことを漠然と感じていた。操法をお願いできる方がいるのなら土下座してでもお願いしたかった。しかし先生は望まなかったし、最期が近づいたことを先生自身も気づいていた(唯諾々と死を受け入れたという意味ではない)。私は足下がだんだん崩れ、自分が砂に埋もれていきそうな気持になっていた。

 そんな頃、先生が死んだという噂がどこからか流れ、知人から先生に確認の電話がかかってきたのだ。先生がその電話に出た時、私は隣にいてこれから本を出すこと、入門して51年目に入ることなどを話しているのを聞いた。

 しかし生きているのかどうかの確認の電話だったとは知らず、先生が亡くなって数か月後に確認の電話をしてきた人から事情を聞いたのだった。実際は整体協会の他の指導者が亡くなったとのことだったが、私はその話を聞いた時、心底驚いてしまった。

 先生に関わることではこの他にも不思議なことがあって、こうした特異な状態から日常に再適応していくのも大変だったが、戻るべき身心のあり方を、多少なりとも身につけていたことは大きな支えになった。

 自分の健康は自分で保つ、というのが野口整体の目標ではあるけれど、今は個人指導をして下さる先生がいたら受けてもよかったかもしれないと思う。実際、個人指導こそ受けなかったが、自分一人では到底あの状態から抜け出すことなどできなかったし、個人指導の意味と大切さに対する理解も深まった。そして大切な人の死という体験を、忘れるのではなく、自分の心を深める体験にしていくことも、整体を通してなら可能なのではないかと思っている。

 また、こうしたことを整体の仕事を通して伝え、他者とも共有していけたらいいな・・・と思う。

体と向き合う

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 ところで、新年早々、あんまりいい話ではないけれど書いておきたいことがある。

 お正月に実家に帰って古い知人に会い、彼が昨年受けた腰椎の手術の話を聞く機会があった。この人は整体とはまったく縁のない人だが、スマホで見せられたレントゲン写真には、腰椎3・4番の間と4・5番の間、そして5番と仙骨の間にボルトが計6本刺さっているのがはっきり映っていた。手術を受けたことは知っていたが、想像以上のすごさに内心驚いた。

 脊椎狭窄症の手術とのことだが、術後の状態が思わしくないという話だった。手術をすれば以前のようになると思って手術をすることにしたのだが、そうはならなかったのだ。ものすごく痛くて動けないということもないが下肢に痺れがずっと残り、指にもしびれが出ていたし、歩行時の足の動き方がおかしくなっている。腿の太さも左右ではっきり違っている上に、その人全体が硬く、小さくなっていた。もちろん痛みも完全になくなるわけではなかった。

 手術をやってしまった後では、もう元に戻ることはできない。こういう時、本当にどう言ったらいいのか分からなくて困ってしまうのだが、手術以外の選択肢があるという情報も多少入っていたのに、こういう手術を選んでしまった当時の彼の心理状態というのは、普段とは違った(特殊な心理状態にあった)のではないかと思われるところがあった。

 もちろん手術前に私が引き受けたところで、すぐ脊椎狭窄症を完治することなどできないが、術前より彼の身体が悪くなったことが痛ましく、その前後の事情を詳しく聞く時間もなくて、苦い思いだけが残った。

 私のような整体馬鹿には信じ難いことが、一応は医師と患者の合意の上で行なわれていることが、すぐには受け入れられなかった。多分、彼の手術は医学的には「成功」ということになるのかもしれないが、整体的には「毀れた」と言うしかない(原因は加齢とされており、「痛みの程度は狭窄の程度と必ずしも一致しない」ことは医学的にも認められている)。

 ただ、こういうことがあった時、病院や医師を批判するだけでは何も変わらないと私は思う。それよりも、個々人が体、病症、痛みというものにどう処するかという態度を大きな変動がない時から培っていく方が大切だと思うのだ。それにはまず、自分の体を感じる、向き合うことを身につける必要がある。

 この人は50代後半で、これまで一度も大病をしたことも手術をしたこともなく、体を動かすことが好きで、水泳などもよくやっていた。しかし体と向き合うということはほとんど知らないで来た人だ。

 自分の体と向き合うことは競技スポーツの身体訓練とは違う方向にある。体を「動かす」のは頭(意識)→体という方向で、体を意識的に支配する力を高めていくことを目的としている。体を感じる・向き合うというのは体→頭(意識)という方向で、これは今の状態をまず受け入れ、体の自律性を信頼するという受容的な態度だ。

 この体から上がってくることを敏感に感じとったり、どのように捉えるかという身心の基礎が、失われつつあるのではないか。そこから教えていかないと、野口整体そのものが伝わらなくなるのではないかとも思った。こういうことは私の整体の先生もしばしば言っていたが、整体では痛み、病症というものを含めて体と向き合うのだから、避けては通れぬ問題だと改めて思う。

 

 

 

 

眠ることと「死」

 少し前に、やっと会うことが叶った修験僧について書いたが、先日、その人の行う御護摩(※)にお招きいただき、参加させて頂いた。通常、御護摩は月末なのだが、今月は偶然、私の整体の先生の月命日に行なわれることとなったのだった。

 参加するのは初めてだったが、隣に座った方が古参の方で、お作法などを親切に教えて下さった。南朝※の歴史のある吉野の修験だからなのか、その修験僧のお人柄故なのかは分からないが、穏やかな、優しい御護摩だと感じた。

 修験というと、もうちょっと荒々しい(火渡りなどのような)雰囲気を想像していた私は意外だった。かといって荘厳さがないわけではなく、御護摩は粛々と行われ、僧の読経を聴いていると、自ずと瞑想的(禅的)な意識に導かれていった。

 御護摩が終わると、回向(えこう)※という儀礼が始まる。そこで供養の意味で、修験僧は私の先生の名を入れて下さった。

護摩 不動明王愛染明王などを本尊とし、火炉のある護摩壇を設け、護摩木を焚いて、災難を除き、幸福をもたらし,悪魔を屈服させるよう祈願する。火は迷いを焼きつくす力を意味する。

南朝 南北朝時代に、大和国吉野を中心に存立した朝廷。吉野朝とも呼ばれ、1336年から1392年まで56年あまり存続した。 

※回向 仏教において、自己が仏道を修めた善い行いや功徳を、すべての人々の悟りのために振り向けることをいう。転じて仏事法要を営んで死者を追善することも意味する。

 その日の儀がすべて終わった後、修験僧は「眠るということは死ぬ練習をしているのだ」というお話をして下さり、それが心に残った。

 私は小学校四年(10才位)の頃、学校になじめなかった時がある。当時私は、起きていても空想にふけり、眠ると夢ばかり見ていて、夢と現実の境が分からなくなりかけていた。精神科を受診していたら何か診断がついたかもしれない。私は親にも学校の先生にも自分の苦しみを訴えることができず、孤立し、憔悴していった。

 その頃、ちょうど私の祖父(秋葉山に行っていた祖父)が私の家で数日を過ごすことがあり、祖父は私の異変を観てとった。そして私をじっと見て「お前は夜眠れないだろう」と言い、私は黙ってうなずいた。すると祖父は「じいちゃんは寝る前に手を合わせて、神さんに『このまま死んでも良いです』と言って、全部お任せしてから眠る。そして目が覚めたら『ありがとうございます』と言う。お前もそうやって、全部をお任せして、寝るようにしろ」と言った。

 私は何よりも、何も言わなくとも祖父が私の苦しみを観て取り、分かってくれたことがうれしく、子どもながらに涙が出そうだった。そして私はその後、寝る前に祖父の言った通りにするようになり、心理的な危機を抜け出すことができたのだった(この出来事を両親に話したことはない)。修験僧のお話は私に祖父とのことを思い出させてくれた。

 野口先生は、

潑剌と生くる者にのみ深い眠りがある。

生ききった者にだけ安らかな死がある。

という一文を文末に置かれることがあるが、眠りというのは死の体験に近いのだと思う。

 癌で亡くなった私の叔父は、終末医療で痛みを抑えるためのモルヒネを多用するのを嫌がった。死に瀕していた叔父は、意識が不明瞭になることと、このまま目が覚めないかもしれないという恐怖が、痛みよりも先に立っていたのだろう。

  整体の先生がもう最期だという電話が入って病院に駆け付けた時(まだ医師による死亡の確定はしていなかった)、その最期の顔は「何もない」、無心の顔だった。死とは荘厳なものなのだ、とその時初めて知った。

 この文章を書くために「護摩」の意味を調べていたら「実際に護摩壇に向って行うのを外護摩というのに対し、精神的な意味で、みずからを護摩壇と化し、仏の智慧の火をもって心の迷いを焚くことを内護摩という。」とあった。あの先生の顔は、「内護摩」が終わった後の顔だったのかもしれない。

工夫や執着や憎しみや悩みを眠りの中に持ち込んではいけない。天心にかえって眠ることである。

(丈夫な体を作る方法 野口晴哉『風声明語』全生社)

  整体の教えには、健康に生きること、健康に死ぬこと、両方についての智慧が込められている、と思う。