アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

もう一回、シュタイナー『神智学』

修行における「信」の問題 

 先日、シュタイナーの『神智学の門前にて』をプレゼントしてくれた人が、今度は『神智学』(シュタイナー著、高橋巌訳)の文庫を送ってくれた。お礼のメールも後回しに早速読み始めてみると、前回の本より密度が高く、全体の感想をまとめられそうもない…。

 でも、今、思ったことだけを書いておこうと思う。この本の、霊的認識に至る過程(修行)についての章で、シュタイナーは次のように述べている。

 盲目的信仰をもて、というのではなく、霊学的思考世界を、信、不信に係わりなく、ただ受け容れようとする態度だけが、高次の感覚を開くための前提となる、というのである。

 霊学研究者は弟子に次のような要求をする。-「私の言うことを信じなくてもよいが、それについて考え、それを君自身の思考内容にして見給え。そうするだけで、すでに君の内部で、私の思考内容が生きはじめ、君はその真実を自分で認識するようになるだろう。」

  この『神智学』中でも、霊的感性を啓く上では感覚や感情、神秘的沈潜(瞑想のことか)が大切で、思考は役に立たないという人が多いとシュタイナーは指摘している。

西洋人は自分の中を整理し、自分を方向付けていく思考が得意なのかと思ったら、そうではないようだ。そして、前回頂いた『神智学の門前にて』には次のようなくだりがある。

  霊的な発展に努力するものは、なによりも、つぎのような利己主義を追い払わねばならない。「ほかの人が霊的なことがらを語っても、それをわたしが自分で見ることができなかったら、それはわたしにとってなんの助けになるだろう」と、いってはならないのである。

 そのような発言には、信頼が欠けている。修行者は、すでに霊的発展のなんらかの段階に達している人を信頼しなければならない。人間は共同して働いている。一人がほかの人以上のことを達成したなら、それは、自分自身のためにではなく、ほかの人すべてのために達成したのである。そして、ほかの人々はその人のところに集まり、その人の語ることを聞く。そうすることによって、自分の力が高まり、その人の語ることを信頼することによって、聴衆はみずからも知者になっていく。この一歩を歩むまえに、第二歩を歩もうとしてはならない。

  こういう文章を読むと、シュタイナーも人を指導していく上では苦労したんだな…と思う。自分にはまだわからないこと、感じられないこと、見えないことを説かれたら、それをまず信頼し、分からないままお腹にいれておく。そして自分で反芻しながらわかるのを待つ。

 こうしたことは、日本の伝統的な文化の中では当たり前のことであったのに、それができる人は少ない。まず最初の「信」がないのだ。私の整体の先生も、理論的説明を尽くすなど、努力を重ねていたが、この点では絶望していたと言ってもいい。

 これは今思うと、野口晴哉先生も、生前同じ思いだったのかもしれない。

 お盆には亡くなった人の魂が帰ってくると言われる。日本人の他界は西洋よりも近いところにある。日本の神様はキリスト教の神ほど人間に興味がないけれど、亡くなった人が生きている人をじっと見守っている、という他界観である。

 私の先生は、野口先生は亡くなる一年ほど前から、本部の講義ではよく「これからは気の時代に入ります」と言っていたと言い、亡くなる直前(1976年6月22日没)、箱根での中等講習会(5月末)では、「これからは気で教えます」と言った、と話してくれた。

『神智学』を読みながら、野口整体のことなんか考えているから感想が書けないのかもしれないが、気のこと、潜在意識のこと、霊、魂のこと、様々な面で私を揺さぶる本であることは確かだ。

 いい本は、筆者が自身の世界を開いて見せてくれ、本心で語りかけてくる。まるで声が聞こえてくるようだ。私は心を開いて、シュタイナーの言葉を聴こう、という気持ちで読んでいる。

 そんな「いい本」をプレゼントしてくれて、ありがとう。

 

思いがけない贈り物

シュタイナーの神智学(人智学)

  先日、友人から本のプレゼントを頂いた。タイトルは『神智学の門前にて』、シュタイナー教育で有名な、R・シュタイナーの霊学入門という本だ。

それも偶然、他の友人から「同級生のひとりに、ドイツでシュタイナーの人智学を学ん で帰ってきた人がいる」という話を聞いて、帰ってきたら郵便受けにこの本が入っていた!

 これまで、本を下さった人とシュタイナーは結び付かなかったのだが、意外な人が意外な関心を持っているものだ。

 私は昔、子どもの本とヨーロッパのおもちゃの店で働いていたことがあるのだが、そこではシュタイナー教育関連の書籍とおもちゃの取り扱い、また人形作りや音楽のワークショップなどがあり、聞きかじり程度のことには触れる機会があった。

 ただ、これは「整体式子育て」も同様なのだけれど、日本でシュタイナー教育に熱中しているお母さんというのは教条主義的危うさを感じさせる人もいて、私は人智学(神智学)の方まで関心をもつには至らなかった。少々引いていたのだと思う。

 しかしその頃すでにアメリカでは、良い家庭の子どもはシュタイナーかモンテッソーリの幼稚園・小学校に入れるのが一般的になり、特にシュタイナーは多いという話だった。

 その後、整体を始める頃に出会った人(整体をやっている)の中にも、奥さんたっての希望で子どもをシュタイナー学校(神奈川)に通わせている人がいて、「授業内容がぶっとんでいる」という話を聞いたことがある。

 振り返ると、今の日本の教育というのは、世界的に相当遅れているのかもしれない。先日、ある私立小学校で役員を務める人の話を聞いたが、今もなお、親も学校も一生懸命勉強(受験のための)をさせることが教育だと考えているようだった。

 今回、本を読んで「ぶっとんでいる」と言った人の意味する所(たぶん宇宙史など)も分かったが、シュタイナーの人間の発達に対する考え方を知り、その思いを強くした。

 頂いた本の主題は、いわゆるシュタイナー教育ではなく、霊学(神智学)が主題となっている。こういうところから「なぜそうするのか」を理解しないと、シュタイナー教育も方法論的になってしまうだろうな、と思った。

 また、野口整体は「脳と運動系」という基礎研究に基づくものではあるけれど、潜在意識教育などその多くは野口晴哉先生の霊学(玄学)を基礎にしている。それは「気」という東洋的なものが主体となっているが、この本を読んで、西洋の霊学も含まれているのではないかと思った。

 第一次大戦前後の日本には、西洋とほぼ同時代的に、近代知はもちろん、代替療法スピリチュアリズムなどが入ってきていたのだから、野口先生がそれを吸収しなかったという方が不自然だろう。

 最後になるが、この『神智学の門前にて』という本の中で、霊的発展の過程として東洋の修行法、キリスト教の修行法、現代(薔薇十字)の修行法の三つが述べられていることが特に心に残っている。整体のこれからを考えるよい機会になった。

 霊的な目覚めに至る過程などは省略し、導師との関係性という点から簡潔にまとめてみた。

 

1 東洋の修行法―生きている人間が導師であり、自己を滅却し導師にすべてをゆだねるとき、最もよく進化する。

2 キリスト教グノーシスの修行―生きている人間を導師とせず、イエス・キリストとひとつになろうとする。しかし、地上の導師を通してキリストに導かれなければならない(カトリックは導師個人より「教会」という組織・集団に重きを置く)。

3 薔薇十字(神智学)の修行法―導師は助言者となり、修行者は最も独立している。修行者がなにを内的に行うべきかについて教示を与え、霊的修行とともに確かな思考の発展を育成する。科学の基盤に立ち、科学のために信仰に疑いを持っている人に適している。 修行の本質は、現状の小さな自己から、まだ知らぬ大きな自己までを含む真の自己認識にあり、導師は友に近い。

 

 これまで私は、間違いなく「東洋の修行法」的だった。これは、私の潜在意識に不信と不安が根深くあって、感受性の歪みとなっていたことによる。私には先生を(理想化ではなく、素のまま、時に腹を立てながら)信頼することと、裸の自分に対する信頼を養うことはひとつだった。

 そして思い切って言うと、今の野口整体のあり方は、「キリスト教グノーシスの修行」的傾向にあるのではないだろうか(集団帰属心理に重きを置く場合はカトリック的ともいえる。ちなみに私が最も避けたいのはこの道筋だが、これ以上は言わないでおこう…)。

 指導者にもよるが、整体指導で身心共に関与する度合いが深い場合、東洋と薔薇十字的修行の両輪で行くのがいいのではないだろうか。やはり、自分の中に意識できない自分が良い意味でも悪い意味でもあるのだから、謙虚になること、指導者に心を開く(信頼する)ことは感応道交のために必要だと思う。

 しかし、治療的段階から体育(教育)の段階へ移行する際には、なぜそうするのか、何が大切なのかという整体の思想や理念を教える必要があるので、薔薇十字的?修行のあり方は良い面がある。どうも日本では先生の「ご指導」を請うばかりで、困ったときに自分で判断したり考えたりというのが薄れていく傾向があるので、学ぶべきことはあるだろう。

 この本はその他の内容も、今、自分の興味ある分野にピッタリで、お礼のメールを出すのも忘れ、夢中になって読んだ。でも、おそらくプレゼントされなければ読むことがなかっただろう。友人に心から感謝したい。ありがとう!

 

(註)神智学

神智学協会は、1875年「古今東西の宗教・哲学・科学の研究を促進すること」などを目的としアメリカで発足した。東洋思想に大きな影響を受けている。シュタイナーは1902~1912年まで神智学協会に所属していたが、神智学協会がクリシュナムルティを救世主とする宗教運動に変質しようとしたことで離脱し、アントロポゾフィー人智学)協会を設立した。

(註)モンテッソーリ教育

20世紀初頭にマリア・モンテッソーリによって考案された教育法。モンテッソーリは観察により、人間の発達における四つの異なる期間(あるいは段階)を見出した。それぞれ、出生~6歳、6~12歳、12~18歳、18~24歳とする。モンテッソーリは、各段階に異なる特徴、学習モード、活発な発達欲求があると考え、それぞれの段階に特有の教育的アプローチを求めた。

意識以前の心

意識以前の心

ここどこかしらない でもぼくいる

いまいつかしらない でもぼくいる

ぼくだれかしらない でもぼくいる

 

はななまえしらない でもきれい

さかななまえしらない でもたべる

こころははらっぱ こころはうみ

 

だけどこころはだんだんまちになる

ことばのみち ことばのたてもの

 

そのしたのマグマをみんなわすれる

ことばだらけのこころになって

 

谷川俊太郎

  これは、元保育士のおもちゃ作家、杉山亮著「子どものことを子どもにきく」(岩波書店)の背表紙にある、谷川俊太郎の詩である。

 この本は著者の息子、隆くんが3歳から10歳までの八年間、毎年行ったインタビュー記録をまとめたもので、今、子どものいる人、そして昔、子どもだった人にも勧めたい本だ。

 昔、日本では「三歳までは神の内」などといって、小さな子どもはまだ人間界にちゃんと根付いておらず、生まれる前にいた(とされる)神の領域に近い存在とされていた。

 この本の「1、三歳の隆さん、神を語る」では、隆くんもその片鱗を感じさせる破壊力でインタビューに応じている。

 今何時なのかも、ここが何という場所なのかも、わからない。字も読めない。それでも隆くんはふつうにニコニコしている。

「大人ならパニックだろう」とインタビュアーの父は言い、そういうことは一番大事なことではないらしい、と述べている。

 この中で隆くんは、「夜、寝る前にお父さんがおはなしをして、隣の部屋に行った後、何やってるの?」と質問される。

 最初、「んー、ご本読んでる」など下手なうそをつくのだが、「真っ暗なのにうそだー」と突っ込まれた後、なんと隆くんは「神様に体操を教わっている」と答える。

 しかもふとんの中で、考え事も神様に教わっていて、教わった体操は起きてからやるのだと言う。そして神様は百人いて、体操を相談して考えており、悪魔も百人いて、悪魔はリズムを考えていると言う。神様と悪魔は仲がいいようだ。

 そしてインタビューの最後には、「お話しするより(神様と悪魔による)体操と考え事のほうがよかった」と述べている。

 この本を最初に読んだのはもうずっと昔、まだ整体を始める前で、子どもの本とヨーロッパのおもちゃの店で働いているころだった。その時は、自分も幼稚園の頃、一人でめちゃくちゃ体操をやっていたことを思い出した。

 子どもの時は、そんなふうにして自分の調整をするのが普通なのだろう。寝相も激しいし。

 それにしても隆くんの発言は、活元運動に重なる。いや、整体指導もそうかもしれない。神様が体操を考え、悪魔がリズムを作っている!もしかすると神様は神経系で、悪魔は骨格筋?

 整体を始めてからも、何度かこの本は読んだ。そして冒頭の詩を読んでは「意識以前の心を詩にすると、こうなるのかな…」と思った。整体の先生にも読んでもらったことがある。

 この詩の最後に、「そのしたのマグマをみんなわすれる ことばだらけのこころになって」というところがある。この本の中でも、8歳ともなると、隆くんはかなりお父さんと対話ができるようになるが、3歳のきらめきと破壊力は影をひそめている。そこで親子のインタビューも終わる。 

整体をやるということは、大人が「そのしたのマグマ」を思い出すことなのだと思う。

 

病症が身心を治す

人間における自然ということ

 生物は外界の刺戟に反応を呈することによってその生存を全うしているのであるが、外界の刺戟に対してどの生物も一定の反応を示すとは言えないが、特に人間にあっては様々であって、同じ時計の音がうるさかったりすることは、同一人であっても条件次第でそれが生ずる。

事が異なると、いろいろであるが、更にその人の、その時の状態で又異なる。時計の針の動きでも、小言を言う方は早く感じ、小言をいわれる方は遅く感じる。一日千秋のことも、光陰矢の如きことさえある。

それ故、外界の変動の刺戟が刺激となることは感受性次第であり、その感受性は各人の生理的、心理的条件で異なることを先づ考えねばならない。

野口晴哉『体癖 1』二

 

 このところ、ストレスについて少し復習していた。冒頭に引用した野口先生の文章で言うと、「外界の刺戟」がストレッサーで「反応」がストレス反応(快ストレスと不快ストレスがある)、というのが学問的な言い方である。しかし一般には原因と結果、どちらも「ストレス」と言い、特に心理的ストレスでは、不快情動(感情)反応を「ストレス」と言うことが多い。

 今、学校や企業などでもストレスマネジメントが課題になっていて、取り組みが始まっているようで「感受性は各人の生理的、心理的条件で異なる」といったこともストレス理解の上では認知されてきている。しかし対応策になると、個人の内側の条件にまで踏み込んだものはあまり見かけない。

 それは、キャノンやセリエの生理学的なストレスの考え方が、刺激に対して受け身で、病理学的だからなのかもしれない。一般的なストレスマネジメントの考え方にも、「原因」を明らかにして対処する、対策を講じるという姿勢が強い。また、ストレス反応を「病気」「良くないこと」と見る傾向もある。

 ついでにトラウマ(心理的外傷・PTSD)も「原因」であり、さまざまな反応を「病気」としてなくそうとする。

 本当は、ストレス理論の原点となったセリエとキャノンは、病症をストレス状況に対する「再適応の過程」と見る視点を持っていたのだが、細菌以外の「病因」の発見ということの方が注目を浴びたのだろう。

 整体では病症のことを「変動」ということが多くて、「再適応の過程」の方向か「破壊」の方向かを観察で見きわめた上で、経過を全うさせる。こうして病症をなくそうとするのではなく「再生」を図ろうとするのだ。「病症が体を治す」と野口先生は言った。

 整体の見方からすると、ストレスマネジメントとして「病症を経過する」時間を与える(診断書不要で休ませる)というのも入れてくれないか、と思ってしまう。いろいろ頭で考えて対策を講じるより、「病の時間」の方がずっと有意義であることが多いのだ。

 病症を経過することで鈍っていたところに感覚が戻り、過敏だったところに静けさがもたらされると、それは感受性として、当然、心理的にも変化が訪れる。

もちろんこういう経験は、普段の整体生活あってのことで、なにもしていないのでは難しいが、病症をなくす手段を講じ続けることで、生きる力を殺いでしまうことは薬の過剰摂取などを考えてもお分かりかと思う。

 それに私は、その人の魂にまで損傷が至らないように、体が病気になること、病症が背きあっている心と体を統合する働きをしていることを見てきた。

 ストレスを考える上でも、「病気にならないように」を超える深さを持つことが大切なのではないだろうか。

 

生きている骨と死んだ骨の違い

生きている骨と死んだ骨の違い

 整体の先生が荼毘に付される時、私は葬儀の片づけなどの関係で、少し遅れて火葬場に着いた。そのため、炉に入る時は居合わせなかったのだが、火葬場に着いて待合室に入り、その後トイレに行った時、偶然、焼成が終わった先生のお骨が炉から出てくるのに居合わせてしまった。

 普通、参列者に炉から出てすぐの状態は見せないものらしく、その場には私一人しかいなかった。お骨はまだ頭と体がわかる状態であったが、お骨よりも真っ白な灰の多さがつよく印象に残っている。

 それにしても、あれはかなり衝撃的な光景だった。人間の体を極限まで物質化するとこうなるのか…という感じで、先生の存在というか、気配が完全に滅却されているかのようだった。

その後、参列者が集まってお骨を拾って壺に収める儀式があるのだが、先に見てしまったあの姿が強烈で、「もう、これは先生ではない」という感じが拭えなかった。

 それにしても、なぜあの時、私はあの場に遭遇してしまったのだろう。私は漠然と、先生のはからいのような気がしていた。先生が「生きている体と死んだ体は違う」(野口晴哉)という整体の観方を示されているように思ったのだ。

 生きている体の観察と、死んでいる体の観察。この違いは野口整体と、西洋の解剖・生理学の身体観の違いに通ずる、と野口先生は言う。私の先生も、このことは折に触れて語っていた。

 丹田は死ぬとなくなってしまうが、おそらく硬結も、生体から摘出することはできないし、CTやMRIでも画像は撮れないのではないかと思う(ある医師が死後解剖で取り出したものを「硬結ではないか」と野口先生に見せた、という話は読んだことがあるが、野口先生にも分からなかったという)。

 観察で捉える対象の中には、解剖・生理学的な実体として存在するものとしないものがあって、生きている時にしかないものは、目に見えないし物質として取り出すことができないのだ。生命、気というのはそういうもので、物の世界のことではない。

 私がお骨を見て「これは先生ではない」と感じたのは、そこに完全な物質(ほとんど成分?)しかなかったからで、本当に生命の気配のない無機物、という姿だった。

 そうは言っても、物質だからお骨は廃棄してよいとも思わないが、「その人」というのは物質的側面にあるのではないということに、私は確信を持つようになった。気、生命、潜在意識…という目に見えないものが「その人」であって、その目に見えないはたらきが集めてくる素材?で、身体の物質的側面ができている。そして目に見えないはたらきとともに、動き、変化する。

 そして、生命の核に魂がある、と私は思っている。

魂の問題

魂の問題      

野口晴哉『風声明語2』(ブログ用に改行あり)

 私はこの問題に就いて落ちついて考えたことはなかった。あってもなくてもどちらでもよいさ、と否定も肯定もしない。したがって懐疑もない。そういう気持ちでいた。或る日、鵜沢総明氏の応接間で何気無しに傍らの書物の頁をくったら、こんな詩がその中にあった。

 「五柳先生本在山偶然客落人間

秋来見月多帰思自起開籠放白鵬

 誰の詩だか知らないが妙に心に残ったので、帰宅して墨をすり記したところが、何か自分の心の裡にも同じ心があるような気がしてならない。魂というものがもしあるとしたら、その故郷へのノスタルジャーがある筈だ。この気持ちはそんなものではないか、とその時初めて魂というものを有ると感じて考えた。

 人間の恋愛にしても事業にしても、理想の実現のために裡の要求からスタートするのだが、誰もどんなところに於てもかつて満足しない。秀吉は日本全国を統一したら海外のことを考え出した。

 果てしない要求に駆られて限りあるいのちを費やして生きているということは、生きているということそのものの裡に人間の考えと別なものの動きがある。

 自然の要求、そう私は考えていたが、自然の要求とは何か、成るものは破る方へ、破れたものは成る方へ動いてゆく動きと思っていたが、しかしそれのみで解決のつく問題ではない。魂の問題を私はこうして考えるようになったのである。

 それ以前に私はしばしば心霊現象と伝えられているいろいろなことを知っていた。たとえば自分の知人の死ぬことは殆どその死ぬ前に何らかのことで感じた。

 或る時はその人の姿を見た。或る時は声をきいた。或る時は床のバラの花が落ちた瞬間、バラの花の落つるように死にたいという人のことをふと思った。そして照会すると、死んだ瞬間はその落ちた時だった。こういうことは少ない数ではない。

 しかし、私は心理療法を行っている者であって、テレパシーやラッポール現象を知っていたので、その一種として考え、これを心霊現象とは思わなかった。死ぬ人の姿を見て、それを照会して、その死んだ時間が一致したその時に於ても、心霊の存在ということに就いては考えなかった。心霊実験会の非物理現象を見ても、奇術としか考えなかったが、この詩をよんで以来、私は真剣に魂というものに就いて考えるようになったのである。 

 已に魂の有無を論ずるということは裡に何らかその分子があるからに他ならない。活け花の美を感じない猫は水をのむ為に花をこわしてしまうが、その花の活けられた形が美しく感ずるものは、上手というも下手というも心にその美しさがあるからに他ならない。魂の有無を論ずることそのものが魂のあることを明らかにしている。

 魂はある。しかし宗教家のいう魂と商人のいう魂は違う。画家の魂と武士の魂は又違う。しかし魂のある者は無い者とその行動が違うことだけは確かである。魂のある商人は利害得失を使い、その損失にも平然とし、魂のある政治家は利害得失の為に動かない。魂は矢張り無いよりあるにこしたことはない。私は魂はあると思うし、又誰にもあってほしいと思う。

 しかしこういう魂のことではない、殻をはなれて存在する魂が魂だと宗教家はいうが、私は同じものと考える。殻をはなれて存在する魂を魂によって感じている人が宗教家というのである。死に臨んで平然と死ぬことを活かすことのできる人が武士の魂のもち主である。生きても死んでも永久に美の中に生くる者に芸術家としての魂がある。 

 それ故私は生命というものを魂という名で感じているのかもしれない。しかし、私は魂の中に動物的生活を見ない。生活機構のうちにはこれは欠く可らざるものである故、生命というものをいえば、この問題も当然一緒のものになってくる。それ故、魂として人間を考えたいのである。

 ところが、最近魂をいう人が、動物霊が人間を支配するとか、先祖の霊の祟りで病気になるとか申していたが、私はそういうことを魂の問題に入れて考えることはできない。宗教業繁栄の方便として使ってはいるのだろうが、こういう人と私は魂のことは語れない。

 魂のことは結局、言葉で語って判ることではない。魂で感ずることだけだ。それ故、魂の無い人は言葉で判らせることはできない。魂の言葉は魂にしか聞こえないのである。その有無は別として、私は魂によって生きたい。

 

 

(註1)鵜沢総明

日本の弁護士、政治家。弁護士として極東国際軍事裁判においては、日本側の弁護団長を務めた。

(註2)「五柳先生本在山偶然客落人間 秋来見月多帰思自起開籠放白鵬

 唐代の人、雍陶の詩。

 五柳先生(詩人の陶淵明の意)は、もとは山(自然)にいたのだが、たまたま人間の世界に生れ落ち旅人となった人だ。

 秋が来ると、先生は月を見て「もとの居場所に帰りたい」という思いが募った。

 そして思わず、飼っていた白鵬(雉に似た白い美しい鳥)を、籠から放したのだった。(玄による意訳)

 

 

活元運動と霊動法

霊学ワンダーランド

  私は高校生ぐらいのときから、日本の古代神話や神道、民間伝承などに非常に興味があって、学生のころは上代文学(古事記日本書紀万葉集など)を専攻していた。

 後に野口整体を学ぶようになって、野口先生が霊学の大家、松本道別(ちわき)の弟子だったことを知ったのだが(詳細は霊療術聖典について書いたブログ参照)、つい最近、私の郷里に、松本道別の師がいたことを知った。

 それは、長沢雄楯(かつたて)という月見里笠森稲荷神社の宮司であった人で、大本教出口王仁三郎も長沢の弟子だった。戦前、こういう霊学や宗教が盛んだった時代があって、当時この地域は「魔教の巣窟」などと言われたらしい。

 野口先生は「地球の回る音がうるさいといった宗教家がいた」と言っているが、それは出口王仁三郎のことで、岡田茂吉(MOA創始者)にも愉気を教えたというから、神道系の宗教家とのつながりは意外と濃かったのだろう。

 長沢の師は本田親徳という幕末の神道家で、近代に入って様々な流派が起こる霊学と鎮魂帰人法の主流となった「本田霊学」を起こした。

この鎮魂帰人法の中心にあるのが「霊動法」、活元運動の元となった行法である。

 鎮魂帰人法では、霊動法による祓い清めとともに、スサノオノミコトオオクニヌシノミコトなどの神が依り付き、お告げを聞く(審神者・さにわという)ということもやっていて、人によって良い霊がついたり悪い霊がついたりすると考えられていた。

 それを自分の霊(魂)のはたらきであるとしたのが松本道別で、その弟子、野口晴哉先生はより思想的、近代的に再編したということができる。

 それにしても、私の郷里にそんな人がいたなんて全然知らなかったので、感慨深かった。そういえば私の祖父は秋葉山修験道に関わっていたけれど、小さかった私には「じいちゃんの神さんはお日様だ」と言っていた。

今思うと、太陽が神というのは非常に神道的で、もしかしたら長沢雄楯にも関係していたのでは?と想像をたくましくしてしまう。

 それはともかく、大工の神、機織の神、鍛冶の神など、各職域に神様がそれぞれいて、神様のいる場で仕事をするというのは本当に美しい伝統だと思う。匠の技とは、神様と一緒に仕事をしている職人の、まさに「神業」なのだ。

 亡くなった私の整体の先生の話では、野口先生が存命の頃は、「我が如くあれ」という無言の教育があったという。やはり野口先生そのものが「御体」だったので、指導の場は「聖なるもの」とともにあるという共通感覚があったようだ。

 野口先生は、「神様は人間が謙虚であるために必要なもの」と言った。活元運動は、霊動法から宗教色と神秘色を抜き去り、近代により適応する形で再構築されたものだ。しかし、現代の私たちには、既存の宗教という枠組みを超えて、人間に魂が実在することを確かめるという意味があってもいいのではないだろうか。

 これからは、活元運動の「穢れを祓い、霊性を感得する行法」という神秘的側面を思い出すのが、必要な時代になるのかもしれない。