アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

整体生活・野口整体と生きることをひとつに

あれもこれも

 川崎ダルクの家族会に参加。これまで、紹介してくれた友だちと参加していたが、今回は一人で参加。ゲストスピーカーは静岡ダルク施設長の現さんとスタッフのやじさんで2人とも当事者だ。

 静岡ダルクは熱海の隣にある函南というところにあるのだが、熱海にいる時は近くにダルクがあるなんて全然知らなかった。広い畑もあるようだ。遊びに来てと現さんにお声掛け頂いたので、真に受けて行ってみようと思う。

 家族会は痛みや悲しみ、苦しみを分かち合う場だけれど、参加者の輪の中心にはいつも光が照らされているように感じる。仕事のことで落ち込み気味だった私もこの光に照らされて自分の心が良く見え、明るくなった。

 家に帰るとヨドバシとヤマト運輸の不在票が入っていた。ヤマト運輸の方は友人からの贈り物で、富山県産米と北海道県産天然サクラマスで作った本格派鱒寿司だった。

 高芳というお店のもので、輸入の脂乗りすぎ気味の柔らかいサーモンとは違う、きりりと引き締まった密度ある身(サクラマス)で、本来の味の持つ地に足のついたおいしさだ。

 ヨドバシの方は染めQというスプレーで、ナノテクノロジーを応用した新しい染料?である。

 実家で昔のCoachのバッグを貰ったので、Coach純正のクリーナーとモイスチュアライザーをZOZOで買ってリカバリーしていたのだが、そのうちの1つに目立たないが黒っぽいシミが点々とついていることに気づいた。

 いっそ黒に染められないかと革の補修をするショップに持って行ったところ、2万円以上かかるとのこと。この時代のCoachは馬具と同じ革を使っているからきれいにできると言われたが、ひとまず検討することにした。

 自分でやる方法を調べていたら、この染めQというものが出てきて、これまで全然知らなかったがかなり良いらしいのでやってみることにしたのだ。染めQという名前の由来は分からないがまあいい。

 スプレーはバッグ1個だと大きいサイズが必要でで2600円ほど、スプレー前に使う染めQ専用クリーナーも1000円ほどするのだが、2万円よりは安いので頑張ってみたい。うまく行けば法事などに使える黒バッグとなってくれるだろう(期待しすぎかな)。

 私が子どもの時の曲で、The BanglesのManic Mondayという曲があって、これはかのプリンスが提供した曲でプリンスも後にセルフカバーしている。私はこの曲が好きなのだが、こんな可愛い曲をプリンスが書いたというのを知った時は驚きだった。

 このmanicというのは躁状態という意味で、慌しい月曜日が来る、日曜日が続けばいいのに…という曲である。私も今はちょっとそんな気分になっているけれど、残りの鱒寿司を食べて何とかやって行こう。

https://youtu.be/WnPX-uI7ivM?si=B1ki0rnmHqMc1Pnd

 

 

頭がぽかんと

 今年初めて、ドトールでアイスコーヒーにソフトクリームをのせて飲んだ。今日みたいな暑い日にはちょうどいいおやつ。良い休日だ。

 家で戸隠で摘んだヨモギの残り(先端部はチヂミにした)を干してお茶にして飲んでいるのだが、やっぱり香りが強い。季節も良かったのかもしれないが、土地の気の力かもしれない。

 職場の人には言えないが、なんだか5月は遊び疲れてしまったようで、昼寝ばっかりしてぐうたらしてしまった。洗濯も忘れてしまいシーツ類はコインランドリーにお任せ。情けないがやらないよりはまし、と開きなおる。

 先日、私は集団精神療法のグループセッションに参加したのだが、自分が野口整体をやっていて、今も指導をしていることを話した。

 あまり話さないようにしているし、自分の中でも別領域として区別していたいと思っていたので、自分でも驚いた。長野から帰ってから急速に弛みが来ていて、月経と重なったのもあるが頭がぽかんとしっぱなし、ノーガード状態である。

 こういう状態で先日個人指導をしたのだが、相手の中に入っていく感じではなく、相手から出てくるのを待つような感じが強かった。

 相手の言葉の中にある糸口見つけてを引っ張っていく勘がちょっと鈍い感じで、後追いになっている気がしてしまったが、それはそれでよい面もあった。

 本人が気づくことだけが治癒的なのであって、こっちがいかに鋭い指摘をしても治癒的ではない。そんな基本的なことを改めて思った。

 そろそろコインランドリーに戻ろう。

 

 

 

 

 

 

 

戸隠へ ひとり旅記録

f:id:kotsuban0731:20260524215236j:image

 8:37のバスに乗って戸隠へ。宝光社という停留所で降り宝光社と火之御子社にお参りし、歩いて戸隠神社中社に向かった。

 途中で竹細工や木工品のお店で少し買い物をした。ついでにお勧めのお蕎麦屋さんを店主に聞いてみたら、どこもそれぞれにおいしくてこれとは言えないという返事で、「今はネットで調べて評判の良いところにみんな行くけど、それが正しいとは思わない、直感で行く方がいい」とのこと。私もネットであたりをつけてはいたが、なるほどと思いそれで行くことにした。

 この人は中年の女性でお店の人としては無口で大人しい方だが、はっきりと自分の考えを述べられたことに少し意外な感じがした。

 少し前に私が尊敬しているある方が「長野の人は理屈ばっかりで実行力がない」と言っていたのだが、確かに自分の考え、価値観をはっきり持っている方に遭遇する率が高い気がするし、何ごとも理念があるという感じだ。

 実行力がないというのはどうなんだろう?そう言った人は医師だが、医療の分野はそうなのかもしれない。私の尊敬する人は野口整体の体癖で言うと捻れ型7種的で、長野の文化に上下型的傾向がなあるためにそう感じるのかもしれない。

 そんなことを考えながら戸隠を歩き、お腹も空いてきたので早めに蕎麦を食べることにした。想像したより人が多く、見に行った有名なお店は11時前の時点で2時間待ちだったので目に入った新しい感じのお店に入った。

 葉隠という店で、少し待ったらすんなり入れた。入ってメニューを見て気づいたがここもこだわりの蕎麦屋で、すぐ人が集まり始めたが、店がいっぱいにならないよう、無理のないペースでお客を入れていた。

 ちょっと豪華に野菜天ぷらとざるのセットを頼んだ。戸隠蕎麦は盛り方が独特でひと箸分ぐらいに小分けされきれいに並べられている。天ぷら、汁、蕎麦ともにかなりおいしかった。ここで蕎麦を食べるためだけに戸隠に来る人もいるようだ。二葉 葉隠と暖簾にあるから、二葉というお店が暖簾分けしたのかもしれない。

 それから中社にお参りし、資料館を見て、バスで奥社と九頭龍社に向かった。資料館を見て、近代初頭の廃仏毀釈が戸隠に与えた破壊的な影響の大きさを思った。

 もともと戸隠は神仏習合で修験の行場であり、戸隠の宿坊はもともとお寺だったところである。寺と一体だった戸隠だが、寺が破壊され辯才天像や飯綱権現像など仏教的なものは神社から出された。善光寺も影響はあったが皇室との縁や民衆の篤い信仰もあり、そこまでの影響はなかったようだ。廃仏毀釈がなければもっと古い文化と文化財が遺っていただろう。

 しかしそうした時代にあつても本尊の仏像など守り伝えた人がいて、別の場所でそれが見られるのは有難いことである。

 奥社入口というバス停から奥社まで歩いて40分もかかるのだが、参拝者は多かった。有名な杉並木の道の中にも明治初頭に破壊された寺院跡があって、古い説明文が書かれた立て札が残っていた。

 戸隠五社めぐりは想像以上に時間がかかり、運よく乗ることができた予約制のツーリストバスに乗せてもらって長野駅に戻った。車窓から駅近にJAの農産物ショップがあるのを見つけて降車後すぐに向かった。

 小さいがいろんなものかあって、地元客でいっぱいだった。芍薬が5本位で280円なのを見つけて手に取ったらリミッターが外れてしまい、玄米餅、雑穀、春菊、スナップエンドウ、おやきなど次々買ってしまった。新鮮で東京よりお手頃かつ量が多かった。

5:10 長野駅から高速バスで新宿へ。自宅についてすぐ、長野のフキとワラビの下処理をした。

 翌日も休みだったので戸隠で摘んだヨモギのチヂミを作り、長野産春菊とベーコンのパスタ、フキの煮物とワラビのお浸しを作って食べることができた。長野産は山菜も野菜も香りが強く味が濃い。

 私は食べ物のエネルギーを香りで感じることが多いが、いかにもエネルギーに充ちている!という感じだ。野口晴哉は、食べものというのは作った人と食材の持つ気を食べるのだと言ったが、食材というものの気で疲労回復できたようである。

 1泊で欲張らない旅行というのは充実感があった。貧乏旅行だけどもっと行ってみたいと思う、長野がまた好きになる、いい旅行だった。

善光寺お朝事へ ひとり旅記録

 昨日を思い出しながら書く。

f:id:kotsuban0731:20260524123337j:image

 5:30 お朝事参加のため善光寺へ。始まるのは6:00少し前だけれどお数珠頂戴というのがあって、貫主(天台宗)と法主(浄土宗)が並んで膝まずく参拝者の頭を数珠でなでる儀礼があるので早めに来たのだ。地域の方でお数珠を頂きに来ている人もいて、隣合わせた方がお作法を教えて下さった。

 参拝者が多いと思ったが実はそれほどでもなく、多い時は門の外まで2列ぎっしりなのだそうだ。

 天台宗、浄土宗の順に儀礼が行われ、お経の合唱を聴いていると雑念が消えていくようで心地よかった。善光寺は無宗派だが尼僧が住職を務めるしきたりで、法王は女性である。

 善光寺は年間約600万人の参拝者がいるそうだが、ゆったりと受容的な雰囲気で、良いお寺だなあとつくづく思った。

 しかし北京オリンピック時には、善光寺は中国のチベット侵攻に反対の意思を示し、聖火リレーの中継地となるのを断るという骨のあるところもある。

 お朝事の帰り、古い鯛焼き屋さんが開いているのを見つけ、鯛焼きを2個買った。ここの鯛焼きはあんこが小豆ではなく紫花豆で、小さくて登り鯉の形だった。紫花豆あんと柚子味噌あん(これは白花豆)を選んで朝ご飯にすることにした。

 ゲストハウスで持参したコーヒーを淹れ、何となく持参したベルギーワッフルと鯛焼きで朝食にした。

f:id:kotsuban0731:20260524123212j:image

 コンビニが少ないのでコーヒーとワッフル持ってきて良かった…。朝一焼きたての鯛焼きは驚くほど美味しく、後で調べたら藤田久衛門商店というこだわりのお店だった。

 この後、8:37のバスで戸隠に向かう。

 

 

善光寺へ ひとり旅記録

f:id:kotsuban0731:20260522204453j:image

06:45 長野市に向かうバスに乗った。そしてお気に入りのまい泉のかつサンドといちじく果汁入り豆乳という完璧な朝ごはん。雨だけれどバスは快適だ。

11:15 駅からバスに乗って善光寺大門に着いた。まずはお蕎麦屋さんへ。かなり昔に立ち寄り、美味しかったお蕎麦屋さんに行ってみた。

 名前が思い出せなかったが、行ったらお店はそのままそこにあった。そうそう元屋、普通の町のお蕎麦屋さんのような小さなお店だが、手打ちの蕎麦は相当美味しかった。

 善光寺の境内は広く、宝物館と資料館両方を見て戒壇巡りをしたら半日かかった。宝物館は私一人しかいなかったが建物も展示物もお庭も良かった。他の人はなぜ入らないのか不思議だ。

 奥の展示室は少し日が差し込んでいて所蔵品が色褪せて来ていたのは気になったが、木の枠に古い波打つガラスが入っていて趣がある。これから行く人にはぜひおすすめしたい。

 今日は善光寺近くのドットゲストハウスに泊まる。お客は外国人ばかり。善光寺周辺は閉店が早く、危うく夕食難民になるところだったので、思い切ってうなぎを食べることにした。

 このあたりでは名の通った住吉というお店で、質と量を思えば高くはない。うなぎは脂がのったプリっとした身で地焼き(蒸さないで焼く)。だれもすっきりしており美味しかった。

 明日はお朝事という貫主が執り行う朝のお務めに参加する予定。その後、戸隠へ向かう。

 f:id:kotsuban0731:20260522204423j:image

 

川崎ダルクへ 3

 川崎ダルクの家族会に2度目の参加。今回のテーマは女性の回復について、スピーカーは女性のための依存症回復施設O’HANA(オハナ)の施設長、棚原さんだった。

 女性の依存症患者には遺伝以外の背景として心理的、身体的苦痛からの逃避があることが多いと言われている。そして摂食障害とアルコール依存、オーバードーズと自傷行為などのように物質使用と嗜癖・行動の障害が複合している(クロスアディクション)ことが多いとも言われる。また愛情と理解への渇望と絶望の両方があるとも。

 ただこうした背景は、男性にも女性にも、また他の精神疾患にも、普遍的に言えることでもある。

 棚原さんのお話は、女性が回復していく道程の長さと苦しさがじかに伝わってくるようだった。そして今棚橋さんは、O’HANAのある北区では15歳〜20歳位までの女の子の居場所づくりをする計画があり、その委員をしていると教えて下さった。

 近年、高校から20代前半位までの女の子のオーバードーズが増えており、薬物依存治療を行う病院の待合室はそんな女の子でいっぱいだと聞く。それも大学進学を希望するような、素行には問題のない子も多いそうだ。

 少子化の問題は騒がれていても、今を生きる子どもの心と体は大切にされているのだろうか?「愛情と理解への渇望と絶望」に脅かされているのだとしたら?日本全体としての自殺の件数は減っているのに児童の自殺は増えている。

 私のダルクでの学びは、しばらく続くことになりそうだ。

O’HANA

依存症患者と家族を支援する特定非営利活動法人ジャパンマックの女性専門支援施設。DARCともつながりがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

Recovery

一緒に整体を学んでいた友だちから、コメントをもらった。久々なので、ちょっとびっくりしたがしみじみとうれしい。

 なんか、ようやく元気が戻って来たね。

 安心した。

 時間掛かったね。

 ほんと良かった😊

 思えば2018年5月16日から、ずっと激動だった。大きな河に流されて、溺れそうになりながら何とかここまで来たという感じ。自分でも思っても見なかった今がある。

 この友人はあの時からずっと見守っていてくれたのだと思う。直接会ってはいないけれど。

 よく折に触れて、と言うけれどなぜか私が折れそうな時、本を送ってくれたりメッセージをくれたりした。

 元気になってきたと言われて、これまで回復のための時間だったんだな…つくづく思った。私は未だ整体指導で食えてはいないけれど、学生の頃から関わり関心を持ち続けていた福祉の世界に入った。今は両方大切にしていきたいと思っている。都内で活元運動の会をやりたいと思いながら実現していないけれど、そうなったら誘ってみよう。

 本当にふしぎな人で、長いこと会っていないのに時間と距離を感じない。むしろ会ったら感じるのかもしれないが。

 ともあれ、ありがとう。これからもよろしく。いつか私もこの友人の役に立てるようになりたい。