アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

腰椎三番の心理

②私が体操を考えていた頃

 こんなことから、私は活元運動の会が「もうちょっと何とかならないかな」という思いを以前から持っていた。それには身体感覚に注意を集めて、自分の体の状態を把握する内観的(体の中に降りていく瞑想的)な要素を教えていくことが必要なのではないかと思った。その中でも腰椎を捉える感覚は基本となる。

 それに今、脊椎の生理的湾曲※が少ない人、また腰椎の身体感覚がない人が増えている。骨盤を起こすことがない、または腰の感覚がない人が多いし、邪気の吐出が難しいくらいに呼吸が浅かったり、重心も高く、頭が過敏になりがちだ。体重を足腰に乗せ支えることを知らない人がいるし、正坐ができても腰に上体を据えられない人が多い。

 これは一言でいえば身体的に発達していないということなのだが、整体を教える土壌である身体が、野口先生が生きていた時とはこのように変わってきているのだ。

 でも、感じられなければ自覚のしようがない。それで私は、活元運動の会で行う、腰椎の身体感覚を持てるようにするための体操を考えていた。私が某整体指導者から野口晴胤氏の体操の話を聞いたのはちょうどその頃で、これは私が興味を持ったもう一つの理由でもあった。

 最初に私が考えた体操はちょっと脱力系?で、坐姿か立姿で上体を少しずつ反らせ、体重を腰椎に乗せていく単純なもので、次に呼吸と骨盤を中心にしたものも考えた。教えたこともあったが、やった人の感想はなかなかで、中学以来の便秘が治ったという人もいた(ただしこれは副次的効果)。

 でも、野口先生が説く行法ではなく、自分で考えたことを教えているというところで、先輩の批判を買ってしまった。先生の考えとしても、お前がもっと脊髄行気法をしっかりやって、ちゃんと教えられるようになってからにしろということだった。「L3やわい」くせに長いものに巻かれることができない私を心配してのことだったかもしれないが、私の体操設計はそれきりになってしまったのだった。

 そういう自分のことを振り返って平均化体操のことを思うと、探究を続けた先生は強いな・・・と思う。これも腰椎三番の違いかな。私は身を引いてしまうのだ。前々回「孫だから何?」なんて書いてしまったが、これでは「お前のL3こそ何だ!」である。やっぱり出した気は帰ってくる・・・。

 もう一回、活元運動の前にやる体操を考えてみよう。機会があったらそれを先生に見てもらおうかな?とふと思ったら、少し気が晴れてきた。

 

 平均化体操の教室から人が出て来た。終わったようだが、出待ちをしていても先生は見えないので、部屋に入ってお詫びをして、帰ることにした。私はこういう情けない時、「心でも体でも、異常を異常と感じれば治るのです」という言葉を思い出して気を取り直すことにしている。来月は、参加できますように・・・。

※脊椎の生理的湾曲 下図のように、脊椎は成長とともにゆるいS字を描くようになる。直立二足歩行はこれによって可能となっている。L3のLは腰椎(lumbar 1~5椎)のこと。

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