アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

平均化体操三回目までのまとめ

 まだちゃんとできるようになったわけではないけれど、これまでを振り返って、どうやら私は平均化体操に動かされているようだ。整体の先生よりずっと若い先生だし(私より若そう)、私もそれなりに整体はやってきたから、「孫だから何?」位の負け惜しみを言いたいような気もなくはないけれど、「事実は真理」である。

 そして、いくつになっても、「先生」と呼べる人がいるのは幸せなことなんだな・・・とつくづく思う。

 私がこれまで指導を引き受けた人の最高齢は89歳だが、このおじいさんは最初の指導から亡くなる4カ月前までの一年半の間、はるか年下の私のことを先生と呼んでくれた。私が「名前で呼んで頂いて結構です」と言っても、この年になって「先生」と呼べるのがうれしいからと言って、先生と呼び続けてくれた。

 その人は若い時、野口晴哉先生の講義を聞きに行ったことがあったけれど、本部道場の後ろのほうで話が良く聞こえず、それきりになってしまったという。どういうわけか気が合って、私の拙い整体の話を興味を持って聞いてくれ、「死んだらどうなるか」など死についての話をよくした。

 おじいさんは旧制中学時代、肺浸潤(結核の初期。抗生物質がなかった当時は怖がられていた)を起こして入院したが、病院から脱走したことがあるそうで、「あのまま病院にいたら死ぬと思った」と言った。そして亡くなる日、救急車で搬送されてすぐ、救急医療も受けることなく亡くなった。

 この人との時間は私が指導をしていく上での支えになっていて、心から感謝している。でも、今になってやっと「先生と呼ぶのがうれしい」と言ったおじいさんの気持ちが分かるようになった。先生と呼べる人がいるというのは、素の自分になれるということなのだろう。だから今、私は平均化体操の会では、ずっと生徒でいたいな・・・と思っているところがある。

 こんなことを言うと、整体の先生に「整体指導をする者がそんな〈甘えた(甘ったれ)〉ではいかん!」とまた怒られそうだ。確かに今回、長きにわたっての試練ではあったけれど、こんなに偏り疲労にはまって脱出に手間取ってしまったのは、やはり腰椎三番の問題があると思う。自分ではよくなってきたつもりだったのだが・・・。

 これは生前、先生によく言われた「型、そして丹田の問題」であり、今後のことを考えると大問題だと反省している。先生が元気で、いつも傍にいた時、私の丹田は先生の借り物同然だった。これからは自分のL3と丹田を拠り処に生きていかなければならない。でも、私は先生を失ったわけではないと確信するようになった。

 整体を学び始めた頃、野口先生が「関節可動性と心の自由」※について述べている文章を読んで整体の観方の深さに感動し、そのことを整体の先生にお話ししたことがある。すると先生も入門したころ、初等講座で「関節可動性と心の自由」というのがあったのが印象的だった・・・と話してくれた。

 きっと、次なる私の課題はL3の可動性(弾力)と心の自由、なのだと思う。そして私の「L3のやわさ」を平均化体操で鍛錬できるかな・・・と思っている。

※関節・・・野口整体では、手首足首・肩・膝・骨盤などとともに、一つ一つの椎骨も関節として見、その可動性を観察する。身心一如の整体の観方では、関節(身体)の可動性と心の自由度は一つであるということ。

〈補足〉

深く眠れば 弛む也

弛めば 休まる也

休まれば腰椎三に力充つる也

腰椎三の力 丹田に於て観る也

指を当て 息を吸いしむる也

野口晴哉(「月刊全生」扉)