アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

個人指導の意味 1

 亡くなった整体の師匠は、私に「問い」を残していった。それは「個人指導の意味とは何か」である。先生は亡くなる6日前まで個人指導をしたが、それは生のエネルギーを完全燃焼するためだったと思っている。

 先生が亡くなった後、先生と親しかった整体指導者の方に「野口晴哉先生も、ごく晩年は組織が完成していくにつれ、自分の思いや意向が通らなくなっていた」という話を聞いたのだが、ごく晩年(亡くなる3,4年前位から)の野口先生の言葉にはたしかにそれが伺えるところがある。

 先生からも、野口先生とご家族との間にまつわる話を聞いたことがあるが、それはともかくとして、本質的なこととしては、心に触れるということの意味が、皆に分からない、伝わらないという苦しみがあったようだ。

 先生が存命中、80代なかばの女性が指導を申し込んできたことがあって、その人は野口先生の指導を受けていた人だった。

 野口先生の指導は一人約五分という速さで知られるが、その女性の子どもは喘息で、その子の指導時、野口先生に「子どもをこんな風に育てちゃいけないんだ」と言われたと言う。

 おそらく50年ほど経っていたと思うが、その人はその言葉が忘れられず、その時のことを振り返りたくて、私の師匠に指導を申し込んできたのだった。

 ご本人は続けるつもりだったが、指導はたしか二度だけで、その後、その人は寝付いてしまった。おそらく、亡くなったのではないかと思う(肺の病気だった記憶がある)。都会的な美しい人だった。

 この人の子どもの指導も5分程度だっただろうし、言葉だけなら、今のカウンセラーや小児科の先生などにも、野口先生が言ったようなことを言う人はいるだろう。しかし、違うのだ。おそらく野口先生は、子どものみならず、母親自身がどのように育ったかまでをも包含してそう言ったのだと思う。

 私の先生は、野口先生を「私が気付いていないところまで、それは過去、未来を含め全て見通している。そういう安堵といいますか、理解されているという安心感を与える人」と表現している。

 野口先生と言えば不治の病が治ったとか、5分の操法で何でも治してしまうとか、そういうことが「すごさ」として一般に知られている。確かにそれも事実だし、心と言っても言葉以前の心なので、指導を受けていてもそれが十分自覚できなかった人も多く、ある程度仕方がないことなのだが、心に触れるという部分は意外と知られていない。

 しかし、野口先生が最期の最期まで個人指導を止めなかった理由は、そこにあると思うし、私の先生は、「野口先生のようにはいかんが…」と言いながら、その部分を受け継いで個人指導をしていた数少ない指導者だった。しかし、その先生にしても、自分の仕事の意味を問い続けていたし、亡くなる間際は失望もあったと思う。

 野口先生は、整体指導とは「育てる立場に立つ」ということなのだと言う。心に触れる、育てる。その心とは何か、何を育てるのか。もうちょっと言葉がまとまったら、このことを書いてみることにして、今日はここまで。