アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

腰椎三番の心理

①平均化体操の会 4回目ならず

 平均化体操は四回目に入る予定だったが、あろうことか!私は開始時刻に間に合わず、会場には行ったもののすでに始まっており、参加見送りとなった。もうがっかり・・・。やわい腰椎三番がさらに抜けてしまうくらいがっかりしてしまった。

 焦点となる腰椎に当りがついてきて、基本の三つの運動がなぜ上手くできないのかが分かってきたので、聞いてみたいこともあり、愉しみにしていたのに。

 でも折角来たのだし、先月、先生に「来ます」と言ったので挨拶だけでもしよう、と初めての「出待ち」をすることにした。椅子に座ってこういう失敗をする時は、どういう潜在意識なんだろう?と振り返ってみると、木曜日、土曜日の夜と続いた、私の所属する会での嫌な出来事が思い出された。

 今、会での私の立場は微妙だ。生前、整体の先生は弟子の中では最年少の私を傍から離さなかった(私も離れなかった)ので、年上の弟子たちや奥様から反感を買っていた。実際は、先生の私に対する要求水準は他の弟子に比べてかなり高い面もあったのだが、そういうことは見えないもので、私ばかりを可愛がっているようにしか受け取られなかった。

 そういう一連の空気と、その中で起きた出来事に、私は自覚している以上のショックを受けていた。そのショックに支配されていたために、ぼんやりして東海道線の鈍行に乗ってしまい、しかも気づいた時はすでに品川だった・・・(言い訳だけど、私は普段、車なので電車は良くわからない)。

 こんな風に、「今、ここ」から離れてしまうのも腰椎三番の問題だ。こうなると、所属する会のつまらない人間関係が、自分の世界のすべてではないことも分からなくなってしまう。今回のように大切な機会も逃してしまう。

 

 私は出待ちをしながら活元運動についての文章を書くことにした。

「活元運動」とは言わずと知れた野口整体の中心的行法だが、これがきちんとできるようになるというのは相当修練が必要だ。もっと言ってしまえば、腰椎の感覚も腰椎の軸もない人は、活元運動だけで健康保持をするのはそもそも無理ではないかと思う。必要な運動が切れ良く出るには、骨盤と腰椎が気の力で立ち上がってこなければならないからだ(分かりにくいな・・・)。

 でも一般に、こういうことを活元運動を指導する人から聞くことはあまりないかもしれない。「自然にゆだねる」「無意識の運動」といった内容を強調されることが多いのではないだろうか。しかし、活元運動が本式に出る身心にしていくのは、個人指導でなければ難しいと思う。

 これをどう伝えたらいいのか?文章は進まなかった。