アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

整体生活・野口整体と生きることをひとつに

私の死生観試論

死という治癒

 私の手元に『癒しを生きた人々 近代知のオルタナティブ』(専修大学出版)という本がある。これは、明治~昭和初期の近代化過程で起こった岡田式正坐法(修養法)、森田療法心理療法)、大本教新興宗教)、マクロビオティック(食餌療法)、野口整体(言わずと知れた)の創始者と成立過程、時代背景などを章立てでまとめた本で、こういうテーマでは参考文献として挙げられることも多い。

 この本を初めて読んだのはもうかなり昔のことで、その後も何回か読んでいるが、最近「二章 霊―大本と鎮魂帰神」(弓山達也)を何気なく読み返した。すると、植芝守平(合気道創始者)が父の病気の相談で出口王仁三郎に会っている時、植芝の父が亡くなった、というところがあり、註によると、植芝守平は当時を回想し「亡くなったということは、(病気が)治ったことでしょう」と言ったという。

 私はこの植芝守平の言葉にはっとした。今までなぜ気がつかなったのだろう。実は、私も整体の先生が亡くなった後、がんで死んだのではなく「先生は死によって治癒した」と思うようになったのだ。「やはりそうか!」という思いだった。

 今のところ、確信をもってそうだと言えるのは私の整体の先生だけで、違う場合もあるだろう。しかし、病症というものの本質を考えると、かなり普遍的に言えることなのではないかと思っている。

 先生は直腸がんだったが、野口晴哉先生は「心に受けたショックと直腸癌」について次のように述べている。

心の怪我、打撲といったような、ふいに何か言われたことが痛みに感じられていつまでも残り、他日の病気の基になる。いま、直腸癌が流行しておりますが、ドキッとするようなことを言われた時、信頼をガタっと裏切られたような後になる。その後はドンドン物理的にそういう方向に進んでいく。それをいくら取り消したって同じである。だから直腸癌になった人は「どんなことが原因か」と言って追究していくと、たいていそういう原因にぶつかる。

(人間の構造『月刊全生』)

 

 野口先生は心の打撲によって部分が全体から分離し、秩序が破綻する方向へ向かう力が働く時、直腸がんになると言っている。経緯は省略するが、先生の場合はこの内容のそのままだった。その上先生は、その打撲がどういうことかを自覚していたし、そこから抜け出せない自分の潜在意識にも気づいていた。

 私が毎晩のように先生を観るようになって4~5か月ほど経った頃から活元運動が戻ってきていたし、亡くなる半年前までは、激しい痛みと症状と引き換えに、頭の緊張が弛み体の弾力が戻るのを繰り返していた。大真面目な顔で「今朝、朝立ちしとった!」と顔を見るなり言われて面食らったこともある(がんである人に、熟睡と健康の証である朝立ちが起こるのは稀なこと)。こういう状態は、体という意味ではがんと共存できる状態と言えるだろう。

 しかし、先生の全体性、魂を含めたレベルではどうだっただろう。先生は体から離れた次元に向い始めていたのではないだろうか。

 私は、体から心が離れた状態(麻痺・鈍り)を打開し、統合を取り戻そうとする働きが病症なのだと考えている。だから、生きている状態で統合できなければ、死によって統合しようとするのだと思う。治癒とは心と体、意識と無意識が統合性を取り戻すということで、それは生と死両方の場合があるということだ。

 死が治癒のもう一つの在り方だとすると、先生が最期の日に病院のベッドで右肺を弛める姿勢を無意識にとっていたのも自然なことだと思える。

 こういうことは一般化することはできないし、野口整体という枠組みからもはみ出しているかもしれない。それにいろんな水準の話がごちゃごちゃになっていて、あまりうまく説明できていないとも思う。でも、今思っていることを正直に書いてみた。自然な死とは何かを考える上で、参考になればと思う。