「梅の木を植えたい。そして梅干しを作りたい」
最近、私はずっとそう思っていた。自分の趣味でではなく、私が勤務する障害者の施設で、農作業の仕事としてである。
最近、職場でも何度かこの話をしたことがあった。しかし自分でもなぜなのか今ひとつ分からなかったし、職場の人もあまりリアリティを持って受け取ってはいなかったと思う。
ところが今日、もしかすると現実化に近づくかもしれない出会いがあった。
きっかけはこんなだった。昨夜、不意に友人から花見に誘われた。天気予報は雨っぽいし、私が住んでいる地域はすでに桜は見頃を過ぎており、どうしようかな…と躊躇した。
三連休だったが金曜日は整体の個人指導、土曜日は1日コサージュ作りをしていて、グダグダしたい気もしていた。でも何だか、行かなければ、行こう!という気になって花見に出かけたのだった。
訪れた世田谷区呑川沿いの桜はちょうど見頃で清浄な美しさだった。やっぱり桜はいい。若い時はあまり良さが分からなかったけど、歳を重ねて良さが分かるようになった。
そして歩いて次の目的地へ向かう途中で、私はまた梅を植えたい、梅干しを作りたいと思っているという話をした。この時も何気なく話したと思う。そのすぐ後、目的地に着く手前だった。
あるブランドの服を扱うおしゃれな小さなお店があり、その前で切り花を売っていてそれが目にとまった。そしてその脇には梅干しのチラシが貼ってあり、こんなところで…と思っているうちに店主の女性が声をかけてくれた。そして梅干しあるんですね、とたずねると詳しい人を呼んでくれ、店で話を聞くことになった。
ここからが本題で、その女性は神奈川の在来種の梅を育て梅干しを作っている女性と組んで、その原種の梅栽培を復活させ、梅干しという伝統食を守り広めていく活動をしていた。
そしてこの取り組みに共感し苗木を栽培してくれる人を探しており、梅がなったら買い取るプロジェクト?をやっていると話してくれた。
私はまさにこれはシンクロニシティだと思い、しばし呆然としてしまった。こういうことってあるんだ…と、状況に圧倒されそうだった。
そしておずおずと私の考えていることを話し、梅の試食をしたのだが、昔ながらの漬け方でつけた梅は酸っぱい中にもまろやかさがあり、香り高く本当に美味しかった。梅自体が、今主流の南高という品種とは違う味と香りを持っているのだ。
私の中で、企画書を書いてプレゼンをする決意が固まっていった。やりたいとか、やろうと思う、ではなく「やる」。自分のイメージの中ではすでに実現している、そんな感じだ。もっと言うと何かが降りてきたような。
店を出て、今日誘ってくれた友だちに心から感謝した。私はこの若い友人に誘われて知らない世界に入っていく経験を何度もしているが、今回はまた特別な感じがしていた。
私は帰りの電車の中でひどく眠くなり、うとうとしながら企画書を急ごう、と思った。とにかく現実にしたかった。そう簡単ではないかもしれないけれど。
やはり空想は現実を作る力である。
