ある患者がもやもやした可能性の中から成長して、自分自身を乗り越えてしまうといった例は、私にとって貴重な経験になった。
…私がこれらの人びと、つまり静かに、そして何も意識することがないかのように、自分ひとりで大きく成長していった人びとの発達過程を観察したとき、私がみたのは、彼らの運命には何か共通なものがあるということ、つまりさまざまの可能性をもつくらい領域から新しいものが彼らに近づいてくる、そしてそれは外部からくることもあれば、内部からくることもある、ということであった。彼らはそれを受けいれ、それによって成長してゆくのであった。
…ただしこの新しいものは全く外部からだけとか、全く内部からだけくるといった分け方はできない。…このことは決して意図的に、また意識して求めて得られたわけではなく、むしろ時の流れに乗って流れ寄ってきたものだったのである。
『黄金の華の秘密』(C.G.ユング、ヨーロッパの読者のための註解)
個人指導をしていると、その人にとって節目となる回があるものだが、そんな指導があった。
私は彼の指導をしながら、ずっと前に読んだユングのこのくだり(先の引用)を思い出していた。
今どきユング?という人もいるかもしれないし、現代精神医学においてはユングなんて言うと変な人認定されるだろう。
あるアメリカの医師の著書によると、その人が勤務していた総合病院では、精神科医はアルケミスト(錬金術師)というあだ名だったそうだ。
これはユングが錬金術の研究をしていたことによるもので、引用した『黄金の華の秘密』はその関連本である。アルケミストalchemistは英語のニュアンスでは怪しい、非科学的、というニュアンスで使われることが多い。
しかし、だ。整体指導をしていると、つまり経過を見守るという仕事をしていると、精神疾患の治療薬がなかった時代を生きたこういうユングの言葉がリアルに感じられる。今回もまさにこれ、という出来事だった。
私は整体指導者として大成したとは言えないが、心の世界の深みに触れる経験だけには恵まれてきたと思う。整体とは何かを伝えていくのは難しく、私は何もできていないに等しいが、これからも歩んでいきたいと改めて思う指導だった。