アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

新型コロナウイルスと感受性

感染症と人間の関係

 新型コロナウイルス旋風が已みそうもない。何だかAIだの何だのと浮き足立って騒いでいた世界が一変して、静まりかえったような気がする。人類がまだ免疫を持っていない、ワクチンや抗ウイルス薬がまだない、速度が速い…などで世界中で警戒しているわけだが、感染症と言うと恐怖症的になってしまう人が多いのがどうも気になる。

 私は野口先生と医療史家の立川昭二先生の影響で、人間と感染症の歴史に関心があって、感染症の基礎研究的なことにも興味があるので、まめに勉強するようにしている。

 私が小学校六年生で、風疹にかかった時のことだ。12才というのは少し遅くて、10歳以下の方が感染症の経過は良好なのだが、無事経過することができた。その時私を診た小児科の医師は、「初潮前でよかったね。」と言って、風疹はワクチンを打たないできちんとやる方がいいという話をしてくれた。

 そして法定伝染病の場合、待合室は別にしなければいけないのだが、先生は「ほかの女の子にもうつった方がいいから、女の子の近くに座ってなさい」と言った(薬の処方なし)。

 今では考えられないのんきな話だが、その後中学生になって、国の方針で風疹をやっていない女子にワクチンを接種する(妊娠中に風疹にかかると胎児が失明する危険がある)ということになり、先生の言った意味が分かったのだった。

 私が整体を始める前から感染症に過剰反応しなくなったのは、この医師による影響も大きい。新型コロナウイルスに対しても「」やはり子どもの時の教育で、感染症に対する反応の仕方は変わるのではないだろうか。大人が過敏反応しないようにしてほしい。

 疫学者などの話の中では、「ウイルスに対する感受性(感染感受性)が高い・低い」という話が出てくるが、今回の新型コロナウイルスでは、子どもは感染しても軽症または症状が出ないそうで、死亡例もまだないと言う。

新型コロナウイルスによるCOVID-19の傾向は、

・発症者の多くは40歳以上

・主要な症状は発熱・せき・筋肉痛など

・糖尿病・高血圧・心血管疾患などの持病があるとリスクが高い可能性

・重症者に過剰な免疫反応(肺炎、呼吸困難、臓器障害)が見られた

・症状がない感染者も多いとみられる

とされている。

 やっぱり私は「感受性」と聞くとどんな「裡の条件」があるのだろうか?という所に関心を持ってしまう。

 野口整体整体操法の中には「鎖骨窩の愉気」というのがあって、これは1918~19年に日本でも45万人以上の死亡者が出たスペインインフルエンザ(スペイン風邪)のパンデミック(世界的流行)があった時、野口先生が発見したものだと伝えられている。

 これは、もちろんウイルスをやっつけるための操法ではなく、肺炎になると死亡の危険が高まるので、肺の血行が良くなるようにするのが目的だ。その後は結核にも用いられた。脳と体の間の循環を良くすることにも効果があり、呼吸と睡眠を深くするための操法の一環として行われるようになった。また、このように整えていくことで、免疫力(恒常性維持機能全般)は自ずと発揮されるようになる。

 私の持っている資料に、1968年香港インフルエンザのパンデミックがあった後の講座内容があるが、薬を飲んだ人の経過が長くかかると述べていて、1973年頃の資料ではステロイドを常用している人が風邪で肺炎を起こし、突然死んでしまうという話がある。

 SARSと同様に、免疫の過剰反応が重症化につながるというのであれば、基礎疾患のあるなしだけではなく、発症した人が鎮痛剤や抗生物質なども含めてどのくらい薬を服用していたのかも調査する方がいいのではないだろうか。

 そもそも中国というのは大変な薬好きで、昔、私が滞在した雲南省という内陸部の省でも、伝統的な漢方薬から西洋医学の薬、サプリメント類まで、内用・外用問わずあらゆるものが容易に、安価で手に入った。この傾向は経済発展とともに高まっていっただろうし、こうした背景は、中国での感染症の発生、そして世界中で流行する土壌にもなりうるだろう。

 香港インフルエンザの流行の後、野口先生は次のように述べている。

風邪(インフルエンザのこと)などは特に地方的なもので、もっと細かに言えば個人的なものである。普遍妥当な面も、国際的な面もございますが、風邪を経過するという段階では、全く地方的、個人的問題なのです。

 風邪に限らず、他の場合でも皆そういう傾向はございます。私の話は大体東京(の道場)での体験が主でありますから、皆さんご自分の指で確かめて、よくつかまえて頂きたいと思う。

   今回のパンデミックに応用して言えば、新型コロナウイルスという病原が特定されて、ゲノム解析がされワクチンや抗ウイルス剤の開発をしたり(SARS/MARSもまだ完成していない)、感染や治療の情報開示が世界中でされたり、パンデミックが起きたりするのは、普遍妥当で国際的な面だと言える。

 しかし、一人一人の感染者がそれを経過するには、普段からなんでも薬に頼っている、生活環境がストレス状態にある、など様々な事情と条件によって反応が異なるのだから、個人の感受性に即した対応が必要になる。感染症というとすぐ全体主義が世の中を覆ってしまう様な気がするが、個の問題を忘れてはならないと思う。