アルダブラゾウガメ玄の生活 ― 気は心と体をつなぐもの

野口整体を探究・実践する「整体生活」について

人間の自然 前回からの続きで、新型コロナウイルス

「裡の自然」

近頃〝自然〟ということが盛んに言われています。つまり、山へ行けば自然であるとか、木が在れば、それで自然だとか言っているが、そうではない。一人一人の人間の生き方が体の要求に沿っていくことが自然な生き方だ、と言わなくてはならない。

そういう意味で、山に登ったからといって自然に近付くわけではない。眼をつぶって、自分の意識をなくして、もっとその奥にある心に触れるとか、自分の無意識の動きに生活を任せる方が、却ってその中に自然というものがある。

だから外にいろいろ求めるよりも、自分の裡(内側)の自然を先ず掴まえだすべきで、それには活元運動は近道です。

野口晴哉(『月刊全生』) 

前回からの続きで、新型コロナウイルス

 前回書いたように、以前、広東省から流行したSARSキクガシラコウモリが感染源と特定され、今回の新型コロナウイルスセンザンコウという密輸された動物が取りざたされている。そしてMERS-CoV(中東呼吸器症候群コロナウイルス)はヒトコブラクダだった。

 コロナウイルスの種特異性は高く、種の壁を越えて他の動物に感染することは殆どないと言われており、おそらく中国人(ことに飛ぶものと四つ足のもので食べないのは飛行機と机だけと言われる広東人)がキクガシラコウモリに触れる(食用にするのか漢方に使うのかわからない)機会は昔からあったが、これまではSARSのような事態にはならなかったのだろう。

 またヒトコブラクダと中東の人々の関係は紀元前数千年という長い歴史があるにも関わらず感染が起きた。(センザンコウも、漢方でこれを処方する歴史はそれなりに長いのだろう)

 感染源はこれ、と特定されると、なんだかその動物が突然危険な存在になったかのように見えてしまうが、実際には人間の側が変わったのだろう。 

 仏教には「顛倒(てんどう)」という言葉がある。これは「逆さまになった心」という意味で、怒りや恐怖、不安などの不快情動によって物の見方や考え方が、本来あるべきものとは逆になっているということだ。

 これは整体的というか、東洋的に言うと、上虚下実という本来あるべき姿が上実下虚という逆さまな状態になっているということだろう。ちなみに上虚下実というのは、頭はすっきりと無になって、下腹に気が充ちているということだ。この状態にある時、人間は自然であるということができる。

 野口晴哉先生の逆子の治し方で有名な話として、お腹に手を当てて胎児に「君、逆さまだよ」と言うと、おりこうさんはすぐにぐるりと戻るというのがある。わが師の指導では、母親の身体が、臨月近くに何かで気が動転して(顛倒!)上虚下実の反対の「上実下虚」になっていて、指導の後、上虚下実に戻ってしばらく横になって休んでいたら子どもがぐるりと戻った、という例があった。「これは、子どもではなく母親が逆さまになっていたんだ」と先生は言った。

 前回書いたアボリジナルアート展に一緒に行った友人は、日本伝統の自然崇拝的宗教である神道にも関心があり、食べ物なども自分で有機無農薬の野菜を作っているほどだ。

 しかし、人間の「裡の自然」という意味では、その人は残念ながら自然とではない状態にあり、これが人間の免疫系のはたらきに深く関係している。

 数年おきに新しく動物由来のコロナウイルスによる感染症(新興感染症)が発生するという事態では、近代以来のワクチン接種による予防や抗生物質などの化学療法を対抗手段とするのは難しいと言われている)。

 近代化を境に、人間と自然の関係が大きく変わってしまった本質的な原因は、人間が裡の自然を失ったことにある。身体的なメソッドとして効果の高いもの、ということではなく、野口整体の中にあるこのような哲学を実感する道として、実践を深めていくことを忘れないようにしたい。

追伸 前回、頂いたコメントの

流行する病気には
時代を修正する働きが
あるのかもしれない。

と、国立感染症研究所HPのおかげで大変勉強になりました。

どうもありがとう。