知人のお誘いで、伊勢丹新宿店にアボリジナルアート展を見に行くことになった。しかし、待ち合わせの場所になかなか現れず、しばらく待っているとトイレの中からマスクをした人が出てきて手を振るので、よく見るとその人だった。
何だか肩で息をしていて、神経過敏になっている様子だな…と思っていると、「今日の話は疲れた…」とその人が話し始めた。
その人は「カタカムナ」という日本古代の言霊学的なもの(違うかな?ちゃんと理解しておらず申し訳ありません)を勉強していて、その帰りだったのだが、先生が遠隔療法の話をしはじめ、それがその人の許容範囲を超えていたようで、重く受け止めてしまったようだった。
野口整体にも遠隔療法はあるのかと聞かれたので、私は「今、公式にそういうことをしている人や教えている人はいないと思う」と前置きした上で、私が整体の先生からもらった講義ノートの中に出てきた野口先生の遠隔療法(愉気)の話を少ししながら歩いた。
歩きながら、その人は「コロナウイルスなんか何のそので歩いているな」と言った。私は「ああ、あのマスクは花粉症ではなくてコロナウイルス予防だったのだ」とその時になって気づき、「私は感染しないと思っているから」と笑った。
しかしあまりにその人が疲れ切っているので、喫茶店で少し休み、背中に愉気をすることにした。中途半端にやると疲れるのだが、仕方がない。
体が縮み上がって、身を守るように捻っていた。なんだか怯えているような様子なので、手を当てて話を聞くと、今日の講義はひどく熱が入っていて、先生の勢いに圧倒されてしまったことが分かった。
その人は一見そうは見えないが、実際、かなり気が弱い人なのだ。おそらく、コロナウイルスにびくびくしつつ、負けん気で新宿まで出てきたところに、カタカムナの先生がカウンターパンチをお見舞いし、少々混乱してしまったのだ。落ち着いてくると、その状況が自分でもわかってきたようだ。
それでも愉気をすると気が下がり、コーヒーとサンドイッチで気を取り直すことができた。そして目的の会場へと向かった。
アボリジニの絵は感動的で、一点だけあった手描きバティック(ろうけつ染め)の「ブッシュ・メディスン」という絵と、ハリー・チュチュナという人が描いた「マイカントリー」という絵が気に入った。アクリル絵の具で描いた絵ばかりなのが少々惜しい気がしたが、アボリジニには使いやすいのだろうか。
プロデューサーの内田真弓さんに話を聞くことができて、「ブッシュ・メディスン」の意味を質問してみた。内田さんの説明では、「薬草」という意味なのだけれど、その薬草と見つける過程、それを用いる意味についてなどの物語があり、それを描いているのだという。確かに彼らがブッシュ(植物の茂み)を見た時に、どのように見えるかを描いているとわかる絵もあった。
「マイカントリ―」というのも、彼らの見ている土地の姿であり、現代的な人とは異なる意識の次元で捉えている現実を描いているのだ。現代アーティストにもそういう創作活動をしている人はいるが、アボリジニの絵は健康で生命感があって、見ていて疲れるということがない。
しかし、捉えている現実が人によって違うというのは、じつは私たちにも日常的に起きていることで、例えばコロナウイルスの脅威というのは、私の現実には無いも同然のことだが、怯えて体調を乱してしまう人も存在する。こういうことはささいな価値観から大きな世界観に至るまで、広い範囲で存在していて、心の世界は一人一人違うものなのだ。はい、整体的には感受性の相違、というやつですね。
駅までの帰りには、一緒に行った人も「コロナウイルスの影響なんてさほどでもないな…」などと言うので、「そんなにすぐ感染するものじゃないよ」と言っておいた。
ちょっと「なんだかな…」と思ったけれど、体の観察からその人の心の世界が垣間見えるというのは、やっぱり面白い!と思った。
(註)アボリジニ
オーストラリアの先住民族。無文字、農耕・牧畜をしない新石器時代の人類の生活と心性を近代まで保持していた。アボリジニの神話的世界観と生命時間を物語るのが「ドリームタイム(ドリーミング)」というもので、これを観ることのできる意識状態に入るための瞑想を行う高度な精神文化を持つ。アボリジニの長老は次のように述べたという。
ほうぼうの土地や動植物を何らかの目的で利用したり、食べたりする場合にはまず、土地や動植物の夢見(ドリームタイム)に入り込む術を身につけなければならないんじゃ。
白人たちは、そんなことはいっさいしない。
だから、病気になったり、気がふれたりして、身を滅ぼしてしまうのじゃよ。
ロバート・ローラー(著)長尾力(訳)「アボリジニの世界」
(註)新型コロナウイルス
中国で発生した新型コロナウイルスについてはまだよく分かっていないが、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)に経過が似ていると言われている。
SARSはキクガシラコウモリというコウモリからヒトへと種の壁を越えて感染したのが発端だった。死亡した人の多くは高齢者や、心臓病、糖尿病等の基礎疾患を前もって患っていた人で、子どもには殆ど感染せず、感染した例では軽症の呼吸器症状を示すのみだった。
今回の新型コロナウイルスは「センザンコウ」(漢方に使う)という動物からの感染が疑われている。インフルエンザと同じ呼吸器を中心とした疾患ではあるが、動物から人間へ感染した過去のコロナウイルスは、多くの臓器に広がって様々な症状を引き起こした。今回の新型コロナウイルスも全身的な症状が起こることがあるという。
人が日常的に感染する風邪も4種類のコロナウイルスによるもので、風邪の10~15%(流行期35%)はこれら4種のコロナウイルスを原因とする。
冬季に流行のピークが見られ、ほとんどの子供は6歳までに感染を経験する。
結核、ペスト、、重症急性呼吸 器症候群(SARS)、新型インフルエンザウイルス感染症、エボラ出血熱、伝達性ウシ海綿状脳症などは、野生動物を自然宿主としてこれまで長い間存続 してきた微生物が家畜、家禽、さらにはヒトへ侵入・ 伝播して感染症を引き起こす人獣共通感染症と考えられている。